「お、誉が髪切った」

後方から聞こえた声に振り返る。振り返るまでもなく誰の声かなんて分かってしまったんだけれど。

「一樹も今帰り?」
「ああ、お前の後ろ姿が見えたから急いできた」
「そんなに急がなくてもいいのに」

暖かいというよりも暑いという表現のほうがぴったりと合うようになった最近の気温。夕方だというのに気温は落ちていかなくて、日差しが眩しいくらいだ。少し汗ばんだ一樹の額を見て本当に急いで来てくれたのだということを実感する。夏の香りを含ませた生温かな風が髪を揺らす。

「急いだら誉と帰る距離が長くなるだろ」
「そんなことばっかり言って」
「本当のことだ」

自然な動作でとなりに並ぶ一樹と歩調を合わせて進んでいく。そして思い出したように一樹が口を開いた。

「あ、だから。誉髪切っただろ」
「うん、ほんの少し先揃えただけだけど。でも、よく分かったね、今日誰にも言われなかったよ」

自分の髪を一束掴んで見ても、大して大きな変化はなくて気付いた一樹にただ驚くばかり。

「気付いてても確信が持てないと言えなかったりするんじゃないのか?」
「言われてみれば、そうかもね」

そしたら一樹はどうなの?って問いかけたら得意そうな顔をして答えるんだ。ゆっくりと落ちていく陽が一樹を照らしていて少し眩しくて、目を細める。

「俺は確信持って言ってるぞ、すぐわかった」
「そんなに、変わってないよね?」
「それでも分かるんだよ」

僕の髪に手を伸ばして触れていく。指の隙間からこぼれた髪が首のあたりで揺れて少しくすぐったい。その動作をすることが自然だとでも言うような一樹の動きに、何事もなくその動きを受け入れる自分。空気のように、在ることが自然だと思ってしまうなんて、傲慢かもしれないけれど本当にそう感じるんだ。お前のことは何でも分かるって言わなくても分かるくらいに雄弁に伝えてくる一樹の表情を見て微笑むと、満足そうに笑みを返された。

「ねえ一樹、少し遠回りして帰らない?」
「いいけど、どうしたんだ」
「なんだか、嬉しくなっちゃって」

一樹がこんな些細な変化にも気付いてくれて。それだけ僕のことを見ていてくれてるんだって思ったから。風が冷たくなるまで、日が暮れるまで、いいでしょう?夏の日が長いことを知りながらそんなことを考えている、一樹の時間を独り占めしてしまおうと考えている。

「だめかな?」

だめなんて返って来ないと確信をもってこんなことを聞く僕も僕だけれど。一樹の触れた髪が夏の風に揺られる。目を細めて笑みを浮かべた一樹の隣に並んで歩調を合わせた。


はじける太陽は夏の香りがした


title:サーカスと愛人




もどる

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -