「俺は誉のことが好きだ」

生徒会室の戸を開ける直前に耳に届いたその言葉に思わず戸に掛けた手を引っ込めた。見つからないようにしなければ、隠れなければと反射的に頭が動いたが、その場にしゃがみ込むことが精一杯だった。声の主は一樹。これが一樹の声じゃなかったら、聞いたらいけないだろうと思ってすぐにその場を立ち去っていたに違いない。今、それをしない、いや、それが"できなかった"のは聞こえた声が一樹のものだったから。次に続く言葉はなに?胸に秘めた想いが淡い期待を持って、急かし立てるように次の言葉を望んでいる、同時にそんな都合のいいことなんてあるわけないという気持ちが緊張となって鼓動を速めた。揺れる心臓の音は戸を越えて聞こえてしまうんじゃ無いだろうかというほど大きくて、目の前の景色も心なしか揺れているように見えた。

「それって友達として?」

次に響いた声は桜士郎。核心を突くような問いかけに、僕の心臓は止まりそうなほどに大きく鳴っている。

「…それ以上」



気付くとその場から逃げるように走っていた。急いで走った所為で息が乱れるけれど、そのくせ頭の中は至極はっきりとしていて、さっきまでの渦巻くような感覚とは正反対。立ち止まって、胸に手を当てる。一呼吸置いて零した一樹の声を聞いた途端、激しく鳴っていた鼓動が落ち着いて、一つの確信と納得がすとん収まるのを感じたその胸に。

「一樹もだったんだね」

独り言のように呟く、言葉を返す人は周りに誰一人としていなくてその呟きは周りの空気に溶け込むように消えていく。『一樹が好き』という僕の気持ち。そして一樹の言葉。僕たちの気持ちは言ってしまえば両想い。でも、喜ぶよりも先に、気付いてしまった。一樹の躊躇うように言ったその声から、気付いてしまったんだ。想いを持って見ていた分だけ、見るだけで聞くだけで気付いてしまえることがあるんだから皮肉なもので。きっと一樹は僕の気持ちなんて前から知っていたんだ、そうでしょう?知っていて、その上で今まで"友達"として僕を大切にしてきてくれていたんでしょう?自分の気持ちを押し込めて。一樹の考えそうなことだよね。

「馬鹿だなぁ…」

口をついて出た言葉は溜息交じり。その言葉は一樹に対してなのか、自分に対してなのか。一樹がそうやって守ってきた僕らの関係を壊してまで、この想いを伝えようなんて僕には思えなかった。ただの弱虫なだけなのかもしれないけれど。

一樹、僕は明日も笑ってるからね。今までのように、大切な友達として。

僕と一樹の想いは片想いじゃないけれど、両想いとも言えないね。僕らの気持ちは確実に相手に届いてるくせに決して交わることはないんだから。涙が出る訳じゃない、だからといって喜べるわけでもない、複雑な気持ちが少しだけ胸の奥をチクリと刺した。


つながらない赤の糸


title:サーカスと愛人






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リクエストしていただいたぬいほまです。切ない感じを出したいなって思ったんですけど難しいですね、切ないって。おくりものどころか押し付け!という感じなのでここにこっそり置かせていただきました!ちるさん、よかったらお持ち帰りしてやってくださいませ。




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