『僕は宮地先輩が好きですよ。勿論、恋愛感情です』
『木ノ瀬……』
『先輩も、僕が好きでしょう……?』


自信家なアイツに珍しく、不安に揺れる瞳に惹かれた。木ノ瀬が俺を好き。男から好かれるなんて想像もしていなかったが、不思議とその事実は俺の心に染み渡った。不快感など無い。むしろ――。




特別なまなざし




俺と木ノ瀬が付き合いはじめて三ヶ月。全部が手探りのはじめて揃いの恋にも慣れ、デートもそれなりに重ねてきた。そして今も、蠍座寮にやってきた木ノ瀬が雑誌を指さして次のデートの提案をしてくれている、のだが。

俺は木ノ瀬が示す雑誌を一瞥して、静かに首を振った。


「そこは……駄目だ」
「えっ?」


きょとんと木ノ瀬が目をまんまるにする。気持ちはわからなくもない。今までずっとデートプランを木ノ瀬に委ねてきて、俺がそれを拒否したことはないから――突然のことに驚いているんだろう。俺だってすごく勇気が要った。木ノ瀬が提案するデートスポットは、決まって俺が好きそうな甘処だ。

だから、俺は嫌だった。


「映画……そうだ、映画にしないか」
「それは別に構いませんけど。ここ、宮地先輩もう行っちゃったとこでした?」
「…………ああ」
「そう、ですか……」


何か言いたげな木ノ瀬の瞳に、一瞬心が揺らぐ。見透かされているような気がして俺は咄嗟に木ノ瀬から目を逸らした。

……本当は、行ってない。木ノ瀬が提案したのは最近できたばかりのケーキ屋。雑誌に載るほど美味いと評判のそこへ、一度行ってみたいとずっと思っていた。

けれど、俺ばかり嬉しいデートはもう嫌なんだ。俺がケーキを平らげる横で、木ノ瀬はいつもブラックのコーヒーを飲んでいる。甘いもの、得意なわけじゃないのに、俺が付き合わせるデートは真っ平ごめんだ。

―― 一緒に、楽しみたいんだ。


「とにかく、今回のデートプランは俺が練る。任せてくれ」
「……、わかりました。お願いします」


木ノ瀬が少しだけ寂しそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。それから俺達は他愛もない話をしたあと、射手座寮へと帰る木ノ瀬を見送った。





そして、来たるデートの日。

ドキドキとうるさい鼓動を鎮めて待ち合わせの噴水広場へ駆けると、既に木ノ瀬が立っていた。


「すまない、待たせたか」
「いえ、僕も今来たとこで――はは、なんか良いですね、こういうの。デートみたいです」
「……みたいじゃなくて、そうなんだ」
「そうでした!」


楽しそうに笑う木ノ瀬を見て、自然と顔が綻ぶ。俺達は人目を気にして普通の恋人のように堂々と手を繋いだりはできない。それでもこれはデートだと胸を張れる。俺がいて、木ノ瀬がいれば、それで十分。

木ノ瀬もそれをわかってるのか、気にする素振りもなく「今日はどこへ行くんですか?」と俺の顔を覗き込んだ。


「今日は、映画を見て、公園でも散歩して……」
「なんか、すごく健康に良さそうなデートですね?」
「む。駄目か?」
「いえ?……先輩と一緒なら、どこでもいいです」


行きましょうか、と木ノ瀬が近くの映画館を指す。俺も頷いて、先を歩く木ノ瀬に続いた。





「びっくりです。先輩が恋愛映画を選ぶなんて」
「……」


喫茶店で紅茶を啜りながら、木ノ瀬が心底可笑しそうに言う。俺は俺で、さっきから顔が火照りっぱなしで――そんな俺の様子に、堪え切れなくなった木ノ瀬がとうとう噴き出した。


「ふ、あはは!せんぱい、顔まっか!」
「う、うるさい!……大体なんだあの映画は!黙って見てれば……は、破廉恥な……」
「破廉恥って。キスシーンくらいであそこまで動揺するの、宮地先輩くらいのもんですよ」


涼しい顔をして木ノ瀬がカップを置く。ストレートに飽きたのか、砂糖を少しだけ足してスプーンをぐるりと回す。手慣れた動きに見とれてぼーっとしていたら、気付いた木ノ瀬が首を傾げた。


「まだ余韻に浸ってるんですか?」
「余韻って……そんなわけないだろう!早く忘れたいくらいだ」
「えー?僕は憧れますけどね。先輩とキスするの好きですし」
「キッ……ききききききすとか!言うな!!」


ガタン!と思わず立ち上がる。カップがかちゃかちゃ音を鳴らして揺れて、はっと我に返った。――店の、中だった!

周りを見ると案の定視線が集まっていて、俺はこれ以上がないと断言できるくらい顔を赤くして腰を下ろした。……穴があったら入りたい……。

ふと木ノ瀬に視線を移すと、困ったような笑顔。


「……本心、ですよ?」


……だから、そういうことを言うなと言ってるんだ。





喫茶店を後にし、家族連れ向けの大きな公園を二人で歩く。そろそろ日も傾き出した。星月学園は街から離れた場所にあるから、寮生である俺達は早く帰路につかないと門限に間に合わない。

学年が違うとはいえ、木ノ瀬は同じ弓道部の仲間だ。それでなくても蠍座寮と射手座寮は隣同士で、会おうと思えばいつでも会える。

だというのに、この時間が終わってしまうのが勿体ないと思っている自分がいる。


――俺は今日、木ノ瀬を楽しませることができただろうか。


口に出して聞けば、きっと木ノ瀬は「楽しかった」と言うだろう。例えそれが本心でなくても。木ノ瀬はそういう気遣いができるやつだ。――俺と違って。

時間が経つにつれ少なくなる口数に、聡い木ノ瀬も気付いたのだろう。「せんぱい、」と服の裾をくいくい引っ張られる。


「む。……どうした」
「先輩、ちょっといいですか」


人気の少ない遊具裏に連れて行かれ、改めて人がいないことを確かめてから木ノ瀬が俺の手を握った。突然のことに驚いて手を引こうとしたが、同じくらいの力で木ノ瀬も手を引いたため逃げることは許されず。


「な、な、何を……」
「……ただ握ってるだけです。そんなに緊張しないで?」


木ノ瀬が苦笑して、一通り手の感触を確かめたあと――ゆっくり、指と指を絡める。


「……先輩。今日はお疲れ様でした」
「な、……何のことだ?」
「とぼけないでください。僕のために、デートプランを練ってくれたんですよね?」


ちゃんとわかってますと言いたげな木ノ瀬の表情に、なんだばれていたのかと素直に言うのも悔しい。肯定も否定もせずそっぽを向いたら「先輩の照れ屋さん、」と頬を突かれた。


「……別に、木ノ瀬のためじゃない。……たまには、甘いものから離れたいと思っただけで……」
「うそつき。僕はちゃんと知ってます」


――昨晩、僕がしたデートスポットの提案を断る宮地先輩の表情が暗かったこと。

映画館で無理してキャラメルではなく塩味のポップコーンを頼んだこと――


「喫茶店では必ず頼むケーキの量が半分に減っていましたね」
「む……ぅ」
「甘いものに目がない宮地先輩が、ここまで甘味断ちをしてたら僕じゃなくても気づきますよ」
「…………」
「…… 一体何があったんです?」


顔を覗き込んでくる木ノ瀬に気まずさを覚え視線をさまよわす。繋いだ手に力がこもる。女々しいと、思われはしないだろうか。


「つまらないんじゃないかと……」
「はい?」
「……木ノ瀬が、いつも無理して俺に合わせてデートしてるように、思えて」


そもそもの事の発端は、俺と木ノ瀬の関係を知ってる犬飼が放った質問だった。「おまえら、いつもどこでデートしてんの?」――素直に今まで行ったところを挙げると、全部甘いもの関係じゃんと突っ込まれて初めて気付いたのだ。

木ノ瀬は、食べ物に対し嫌いなものこそないが、俺ほど極端な好みがあるわけでもない。どうひいき目に見ても、俺に合わせているのは一目瞭然で。

与えられるばかりは、嫌だと思った。ましてや木ノ瀬は年下……なんて今更年齢を引き合いに出すつもりはないが、不甲斐なさはどうしても感じてしまう。

俺は、木ノ瀬のように気配りが上手いわけじゃない。

俺も木ノ瀬に何か与えることはできないか――そう犬飼に尋ねたとき、返ってきたのは至極単純なことだった。


同じことを、木ノ瀬にしてやればいい。


「……なるほど。だから急に今回のデート先は自分で決めるなんて言い出したんですね」
「すまない、……だが俺は結果的に、木ノ瀬を楽しませてやれたのか分からない」


赤く日が射す公園を見つめて、小さく息をつく。呆れられただろうか。恋人の喜ぶことをひとつも知らない俺に。

躊躇いがちに木ノ瀬に視線を戻すと、木ノ瀬はふにゃりとはにかんで俺の鼻を摘んだ。


「んぐ、……何の真似だ」
「だって先輩、勘違いしてます。……僕言いましたよね?『先輩と一緒なら、どこでもいい』って」
「――!」


木ノ瀬の言葉を思い出して目を見開く。木ノ瀬は鼻から指を放して、代わりに摘まれて赤くなっているだろうそこにキスを落とした。


「僕のために気を遣ってくれるのは嬉しいんですけど。らしくない、です」
「……む」
「甘いもの、我慢しないでください。鈍感な先輩にみっつ、僕のことを教えてあげます。……僕は、甘いものを食べてるときの幸せそうな先輩の顔が大好きなんです」


木ノ瀬がウエストポーチから飴玉をひとつ出して、俺の口に押し当てる。反射的にそれを口に含んで舌で転がすと、苺ミルクの味がした。


「それから、これでも先輩に愛されてる自信はありますけど……犬飼先輩に相談なんかしないでください。妬きます」
「ふっ……木ノ瀬も妬く時があるんだな」
「『も』ってことは、先輩も妬いてくれてるって思ってもいいのかな」
「……揚げ足をとるな、馬鹿」


照れ臭くて俯きがちに言うと、木ノ瀬の手が髪に触れた。


「……それと、最後は願望なんですけど」
「なんだ?」
「もし、先輩が僕を『梓』って呼んでくれたら、飛び上がるくらい嬉しいんだけどなあ」
「…………」
「あれ。呼んでくれないんですか?」
「……努力は、する」
「ちぇ」


不満そうに唇を尖らせるが、その声は楽しそうに喜色が含まれている。

なんだ、俺にも木ノ瀬を喜ばすことが出来るのか。嬉しくなって顔の緊張を解いたら、「その顔反則です」と不意打ちで木ノ瀬の唇が近付いて。


――夕日に照らされてキスなんて、映画にあったな、そんなシーン。


思い出して、二人でくすりと笑った。










(ゆっくり、お互いを知っていければいい)





end.



おまけ





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お世話になっております、猫澤ぬこさんからいただきました。あずりゅが読みたいとかワガママを言ったら誕生日にこんな素敵なものをいただいてしまいました!ありがとうございます(`▽´//)しかもしかも…宮地視点ですよ…ふおおお!宮地視点なかなか書けないからほんと尊敬、そしてきゅんきゅん!ワガママも言って見るもんだななんて思いました← ついおまけまで飾ってしまったのですが…大丈夫だったでしょうか(´・ω・`)?
ぜひぜひこれからも仲良くしてやってください!

しぎみや




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