解っていたのに。
春は別れの季節。
それは、解っていたのに。

「宮地先輩、卒業おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」

なんてことない、普通の先輩と後輩の会話。桜はまだ蕾のままで、開く気配さえ見られない。わずかに残った雪の欠片に、吐く息は白い。天気は良いのに頬に当たる風は冷たくて、でもそれ以上に冷たかったのは自分の心の奥。目の前にいるその人を、何事もないような目で見ながら、卒業式という恒例行事の中で型に嵌ったような言葉を掛け合うのだ。心に秘めた想いを抱えたまま、吐きだすことなく、見せることもなくただ只管に隠し通す。

(好きだ…なんて)

言ってしまえばたった数文字で収まるけれど、伝えるには途方もないくらいの勇気が必要で、今までの関係を壊したくないがために押し込め続けた。いや、それさえも言い訳かもしれない。会える最後の今日という日に伝えてしまうことも考えた、それでも実行に移せなかったのは不安と、実るはずがないっていう諦めの所為だろう。ただ、こうして部活の先輩と後輩という他人よりは少しだけ近い距離で見つめていられるという事実だけで、それだけで十分だ。

「部活、頑張れよ」
「当然です。宮地先輩も、お元気で」
「ああ、ありがとう…」
「…」
「それじゃ、俺は帰る」
「はい、失礼します」

背を向ければ遠くなっていく足音。それさえも耳で追ってしまう、振り返りたいという衝動に駆られてしまう。これが最後、そう思うと胸の奥が冷えるように痛かった。

「…宮地先輩」

振り返った先で目が合って、視線が絡む。熱を孕んだ視線に気付いてはくれなくて、そんな期待を持った自分を情けなく思う。呼ぶ声に応える声、どちらも低く寂寞を含んでいて、それは自分と同じ気持ちからなのか、別れの日だからというだけのものなのか。

「どうかしたのか…?木ノ瀬…」
「いえ、なんでもないですよ」
「そうか…」
「はい…呼びとめてしまって、すみませんでした」
「いや、構わない」
「それじゃあ」

向けた背中、視線が再び会うことはなかった。溢れたのは好きだと伝える言葉じゃなくて、伝えられなかったことに対する後悔の涙。一筋、頬を伝った滴を無造作に擦り取ると、冷えた外気がその一線をやけに冷やして無いものにしようとすることを許さない。胸に蔓延ったこの想いはきっといつの日か消えていくだろう。その日が来るまでは、切ない思いを、少しだけ痛む胸を抱えていよう。気付いたら無くなるんだ、こんなにも辛いと思ってしまう恋心も。そんな訳がないと思っていても、きっと、そう、いつの日か。


消えてしまうよさよならもなく


title:サーカスと愛人






宮地視点、梓視点、どっちともとれるように書いてみたつもりです。両片想い、ふたりして切ない思いを抱いての卒業式。





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