いづあず


「梓…」

切なそうに僕の名前を呼ぶ射弦の目は僕のことなんて見ていない。目線は確かに僕のことを見ているけれど、それは形だけ、瞳の奥の奥の奥でお前が見てるのは別の人。射弦の目線はその気持ちを雄弁に語る。言葉を紡ぐことも、表情にその気持ちを表すことすら少ないけれど、その目線はしっかりと求めるものを捉えている。

僕の肌に触れるその指も、幾度も口付けを落としてくるその唇も僕のことを想っている訳ではないと分かっている。ほんの一時寂しさを紛らわすようなそんな逢瀬。それを射弦が望むのならば付き合ってやってもいいと思えた。友情とか、ましてや恋とかそんなものではなくてただの同情。のはずだった。強気な顔で挑発的な射弦がふいに見せる何かを諦めたような目に気付いてしまったあのときは。そしてそんな僕を、射弦が求めてきて。強気な言葉も裏返し、情事の途中に呼ばれる『あずさ』という三文字が酷く切なさを帯びていて、何かに縋っているかの様に耳に届いた。

「っ…あ…んあっ」

口から出てくる甘ったるい声も、繋がっている熱さえも僕らを溶かしてはくれなくて。きっと射弦の中には虚しさが残るんだろう。それでも僕らは求めあう。虚しさを感じる射弦を見る度に僕の中で彼への愛おしさは蓄積して行って、やめればいいのに次を受け入れるんだ。日に日に放って置けなくなる射弦を前に僕は断る言葉を忘れてしまった。

梓、と呼ばれる。射弦の掌が口元に当てられてその上から射弦が口付けた。今までただの一度も僕の唇に射弦のそれが触れたことはない。それが僕らの境界線、けして侵さない境界線のように見えない線が引かれている。ねえ射弦、そんなの取り払っちゃえば?心の中で小さく呟く。それでも僕は付き合ってやるから。例え射弦が僕を見ていなくても、本当に求めているのが別の誰かでも構わないから。

もっと楽に狡く生きればいい。



合わない瞳


title:サーカスと愛人




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