いづあず


道場の片隅、練習を終えた僕は射弦に引きとめられて彼の隣に座っていた。何か用事があるわけでもなくただ引き留めただけのようで、特別会話をするでもなくただ座っていた。5月後半の暖かい午後の日差しが道場の中に差し込んで、練習で疲れた体を優しく包む。横を向いて見たら、ただぼんやりと外を眺める射弦の横顔。たれ目がちのその目は一体何を見ているのだろう。きっと射弦のことだから何の理由もなく、ただ単に、引きとめたかったらから引きとめただけなんだろう。だから"なんで"とか"どうして"とかそういった言葉は意味を持たない。それでも、引きとめておいて会話の一つもなく平然とした顔をしている射弦に少しの苛立ちを覚えて、その涼しい顔を歪ませてやろうと彼の身体に手を伸ばした。脇腹を人差し指でつついてみるだけの本当にちょっとした攻撃。くすぐったそうに顔が歪むのを期待したのに、その平然とした顔は崩れることはなくて。

「何?かまってほしいの?」
「別に、そういうわけじゃなかったんだけど…」
「かわいいことするんだね…梓」

つついた人差し指を取り押さえられて、開いた僕の脇腹を今度は射弦がつついてきた。

「うわっ!」
「…くすぐったい?」
「くすぐったいよ、やめろ」
「やめないよ、だって、梓かわいいんだもん」

笑いながら何度も指で脇腹を突いてくる射弦。身を捩って回避しようとしても捕まえられた手が上手く動かなくてそれは叶わなかった。

「ほんと、やめろって…!くすぐった…うわっ」
「やめろって言われるとやりたくなるものでしょ?」
「ほんと性格悪い…」
「こんなんでくすぐったがる梓が悪いよ。俺こういうの効かないし」
「ほんと…最悪」

涼しい顔を歪ませてやるつもりだったのに、顔を歪ませられたのは僕の方。悔しいけれど、涼しい顔を崩してやることには成功したから…僕の勝ちだ。


指先から解ける



(もっとそうやって笑えばいいのに…)







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