「あーずーさ!!」
耳元で呼ばれた大きな声でふわふわとした夢の中から目を覚ました。あからさまに嫌な顔をしてやるけど、当の本人は全く知らん顔でベットサイドに座りこんでニコニコと笑顔を向けてくる。朝から調子が狂うなあ。
「やっとおきた!梓おはよう」
「…おはよ」
「朝から機嫌わるいぞ」
「翼のせいだろ、まったく…折角休みなんだからもっと寝かせてよ」
ベットの上で投げ出されている携帯を取って時間を見ると9:00とデジタル表示が光る。予定ではあと1時間は寝ていたはず…そう思うといきなり人の部屋に入ってきて耳元で騒ぎ起こしてきた翼が恨めしい。
「折角の休みだから起こしたんだぞ!梓いっつも部活だーなんだーってなかなかかまってくれないだろ?」
「夜いきなり部屋入ってきて課題とか寝るのとか妨害してくるやつが何言ってるの」
「ぬ、ぬーん♪」
「とぼけんな」
「そう言ったって梓だって嬉しそうなんだからいいじゃんかー」
「つーばーさー…?」
「うっわ、ごめんちゃい」
翼が横でテレビを見ている間に着替えを済ませて出かける準備をする。めずらしく翼が出かけようと言ってきたのだ。
「どこか行きたいとこでもあるの?」
「うーんっと…天気いいから梓と散歩できればいいかなって思ってたんだけど」
「行きたい場所あるわけじゃなかったんだ」
「だって俺梓といられればいいもん」
にっこり笑顔を向けられて、恥ずかしくならないわけがない。赤くなるとこなんて見られたくないから翼に背を向けて窓の方へ向かった。外を見ると翼が言ったようにとても天気がいい、窓から差し込む日差しだけでだいぶ暖かい。少し前まで桜でいっぱいだった木々はもうすっかり緑の葉で覆われていて、少し残ったピンクの桜の中途半端さが季節の変わり目を表しているようにも見えた。
「じゃあ、いこう、翼」
「あーいい天気!…あったかくてねむいぞ」
寮からしばらく歩いて行くと河川敷に辿り着く。緑の芝に寝転がってみると暖かい春の風が通り過ぎていく。大の字になって伸びをする翼は今にも眠ってしまいそう。あの時間に僕を起こしに来たんだから翼も結構早く起きていたわけで、いつも僕よりもよく寝てる翼が眠くないわけがないのだ。それでも僕と何かしたいと思って来てくれたんだよな…なんて考えれば少し嬉しくなったりして。
「あ、こいのぼり」
「え!?どこ!?」
眠い目をしていた翼が勢いよく起き上がって辺りを見回した。
「ほら、あそこ」
指をさして教えてやれば翼は目をキラキラさせてそれを見つめた。そういえば今日はこどもの日か、近くの家を見てみればいくつかのこいのぼりが風にひらひらと揺れているのが見えた。
「うわー!こいのぼりだ」
「そんなにめずらしいものでもないだろ?」
「そうだけどー…こいのぼりは憧れなんだよな。自分のこいのぼりとかあげてもらったことなかったしー」
ふと、小さい頃の翼のことを思い出した。寂しそうな目をした翼、そして今こいのぼりを憧れだと言った翼。言葉に詰まっていると頬を指でつつかれた。
「梓がそんな寂しそうな顔するなよ」
「…ごめん」
「梓が元気無くすと俺も元気なくなるからさ」
「ん…。じゃあさ、こいのぼり作ろう」
「へ?」
「買うのはさすがに無理だから」
唐突過ぎる提案に茫然としている翼。自分でも唐突だとは思ったけれど、こいのぼりを憧れだと言う翼にこいのぼりをあげたいなと思うのは正直な自分の気持ち。
「翼発明得意でしょ、作って」
「梓が俺になんか作れって言うのはじめてじゃない?」
「そんなことどうでもいいんだよ」
「いつもだったらどうせ爆発させるんだからいい加減やめてくれる?とかいうじゃんかー!」
「僕そんな陰険な言い方しないけど…。とにかく、今日は僕も一緒に作るから絶対上手くいくよ」
「ぬー…俺一人だと絶対ダメみたいな言い方して」
「だって事実でしょ?」
「ぬーん」
口を尖らせた翼と一緒になって笑う。ごろりと転がってきた翼に抱きつかれて芝の上で翼に押しつぶされる形になった。
「ありがとな、梓」
優しい声でそんなことを言われて、腕の中はあったかくて、仕方がないから行き場の無かった手を翼の背中にまわして少しだけ掴んでやったらさらに強く抱きしめられた。
翼の机の上、小さなこいのぼりの置物にはスイッチがついていて、そのスイッチを入れると小型の扇風機が下の方で回って2匹のこいのぼりをひらひらとはためかせる。それを幸せそうに眺める翼は本当にこどもみたい。でも、そんな翼をみて幸せな気持ちになっている自分がいるんだから困ったものだ。
子供みたいだと彼は笑った。
title:サーカスと愛人
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