4月1日、何の日かと問われたらエイプリルフールと答えるものも少なくないだろうこの日。今まで特に嘘をつこうなどと思いもしなかったが、今年は違う。誰よりも騙されやすそうで、他の誰よりも騙されたときの反応を見たい人が居るから。その人、宮地先輩にどんな嘘をついてやろうかということばかりを考えながら弓道場まで向かった。
道場に顔を出すと既に宮地先輩は部活を始める準備をしていた。嬉々として近づいていく。
「先輩おはようございます」
「ああ、おはよう」
「先輩、知ってます?先輩の大好きなケーキ屋さん、今月いっぱいで閉まっちゃうらしいですよ?」
甘いものに目がない先輩にはこんな嘘でも効果抜群だろうと言ってみれば、案の定先輩の顔は途端に険悪な顔に変わる。本当に期待を裏切らないよな、この人。
「そ、それは…本当なのか!?」
「嘘ですよ。今日はエイプリルフールなので僕も嘘をついてみました」
にっこり笑うと、先輩の眉間にはいつものようにしわが寄せられている。そんなムッとした顔を見るのも楽しくて、ついつい構いたくなってしまうのだ。
「また…エイプリルフールか」
「またって?」
「今日は来てからそればっかりだ。犬飼に、白鳥に…夜久まで」
「夜久先輩にまで騙されちゃったんですか」
あの嘘のあまり上手そうではない夜久先輩に騙されるくらいだから、宮地先輩は相当騙されやすいのだろう。
「今日は誰の言葉も信じられん」
拗ねたようにぷいとそっぽを向く宮地先輩と、そんな僕らに気付いて集まってきたのは犬飼先輩たち。
「あーあーあー、まーた宮地騙されたんだな」
「木ノ瀬は嘘うまそうだもんな」
「うるさい!練習始めるぞ!」
「「はーいはい」」
午後になり、練習も終わった。着替えを済ませ帰ろうとする宮地先輩を引きとめて一緒に帰りましょうと誘えば何も言わずに僕のことを待ってくれる。
「宮地先輩、めずらしくお疲れみたいですね」
「今日は騙されてばかりだったからな」
「先輩も嘘つけばいいじゃないですか」
「俺は…あまり嘘が上手くない」
たしかに。真面目で正直な宮地先輩に嘘なんてつけそうにもない。
「ほら、早くしろ、帰るぞ」
「今終わりますってば」
外に出れば暖かな春の風。たわいもない会話をしながら先輩といるのがとても好きだ。
「もうすぐ桜咲きますね、僕桜好きなんですよ」
「それは…嘘か?」
騙されてばかりだったせいか、疑いの言葉を向ける先輩に笑ってしまった。
「嘘じゃないですって」
「な、そんなに笑うことないだろう」
「だって先輩変なところで疑り深いんだもん」
「む…」
「これから言うのは全部ホントです」
いいですか?と念を押して話しかけると小さく頷かれた。
「桜が好きです、だから咲くのが楽しみ。先輩とこうやって帰るのも好きですね」
「そ、そうなのか」
「はい、あと、騙されて困惑する先輩はかわいかったです」
「可愛いと言われても…別に嬉しくない」
少し赤くなって言ったってあまり説得力がありませんよ。こういうところが可愛いと思ってしまう。
「そして、宮地先輩が好き」
僕にだけ騙されてればいいのにって独占欲を持ってしまうくらいには僕は宮地先輩のことが好きみたいです。黙ったままの宮地先輩はさっきよりも赤くなっていて、歩いているのもなんだかぎこちないほどで。
「お、俺は…」
「俺はお前が大嫌いだ」
本当に嘘が下手。真面目で正直で嘘を吐くのが下手で、その上恥ずかしがりな人。精一杯の嘘に心がいっぱいになってしまう。
「ありがとうございます」
「…嫌いだっていったんだ」
「だって、今日はエイプリルフールですから」
最後に嘘だけつかせて
title:サーカスと愛人
April fool : side 040504
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