それは一冊の絵本だった。


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あるところに年老いた発明家がいました。
毎日毎日、発明ばかり。
そんな発明家には一人娘がいました。
娘はとても発明家を慕っていましたが、発明家は毎日毎日発明ばかり。
それでも娘は発明家に毎日毎日笑顔を向けるのでした。

ある日、娘は大病を患い倒れてしまいました。
病院に連れていきましたが、何日かして娘は天国へ。

発明家はいつものように毎日毎日、発明を続けました。
そして気づくのです。
毎日毎日向けられていた笑顔がないことに。

気付いた途端、発明家はとても悲しくなりました。
悲しくなった発明家は何日も何日も泣き続けました。
そして発明をはじめたのです。
もう一度娘に会うために。

何年もかかって発明家は発明品を完成させました。
いなくなった娘に良く似た機械仕掛けの人形を。

機械仕掛けの人形は微笑みます、毎日毎日。
けれど発明家の心は曇ったままでした。
機械仕掛けの彼女が笑うたびに思うのです。
これは本物ではないと、どうしてもっと大切にしてこなかったのかと。
大きな大きな後悔を胸に、年老いた発明家は永遠の眠りにつきました。
横では機械仕掛けの彼女がいつものように笑顔を浮かべていました。

一人になった機械仕掛けの人形は絵本をかきました。
発明家と娘と自分の物語。
大切なものを無くしてから大切と気付いては遅いのだと、発明家のような想いをする人がいなくなるよう想いを込めながら。
毎日毎日笑顔を浮かべながら…。



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僕が絵本を読んでいる間も翼はずっと泣き続けていた。自分と発明家を重ね合わせているのだろう。

「なあ、梓…」

涙をいっぱい目に溜めた翼に抱きつかれる。その背中をさすってやれば子供のようにしがみついてくる。

「梓…いなくならないで」
「…なるわけないじゃん」
「梓がいなくなっちゃったら…きっとこの発明家と同じこと…しちゃう」
「うん」

翼の腕に力がこもって苦しいくらいになる。

「俺、いっぱい大事にするから…だから、どこもいかないで」

翼の言う"どこにもいかないで"には色んな想いがたくさん入ってる。自分のことを一人にしないで、そばにいて、死んじゃったりしないで。何かが無くなることに大きな恐怖心を抱いている翼、大事にされているなんてとうに知っている。逃げていく隙間なんかないくらいに強く抱きしめられた腕から伝わってるよ。翼の背中に腕をまわしてぎゅっと力を込める。肩口に翼の涙が落ちている。

「…翼の発明品じゃ爆発しちゃうじゃん」
「しないぞ…」
「しちゃうよ…だから…」
「…だから?」

小さく上下する背中を抱きしめて、肩口に顔を埋めてやると少しだけ煙の臭いがした。

「ずっと一緒にいてあげる」
「…ほんと?」
「僕、嘘つかないけど」
「梓」
「ん?」
「すきだ、だいすき」
「知ってる」

ちらりと顔を覗き見たらさっきよりも大粒の涙を流している翼。
こんなになって泣くほどに大切に想ってくれてるじゃないか。発明家が大切なものを知っていたら物語はハッピーエンドだったんだ。だから、大丈夫だよ。僕の発明家はこんなに優しい。


発明家の涙


(翼が泣かないように僕は毎日毎日笑顔を向けるよ)





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