「翼のことが好きなんだ」

あの時、梓は一回も俺の目を見なかった。何処を見ているか分からない切なそうな目で、痛そうな顔で、ただ一言そう言った。

「うん」

こんなにも壊れそうな梓を見るのは初めてで、揺れる瞳に戸惑った。その声は好きだ、と言っているのに謝っているようにも聞こえて、俺はそんな梓をただ抱きしめることしかできなかった。

あのね梓、俺が今こうやっていられるのは小さい時に梓が居てくれたからだってちゃんと分かってるんだ。だから、こんな壊れそうで危うい梓のことを放ってなんかいられる訳がないだろう。小さい頃の俺は梓が全部だった、その君が俺のことを望むのなら俺はいくらだって傍にいるよ。


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あのね翼、僕は分かってたんだ。こんなことを言っても絶対に僕のことを拒んだりしないって。翼の優しさにつけこんで、小さい頃の思い出を利用して、それでも翼のことが欲しいと思ってしまった僕はなんて醜いんだろう。
罪悪感に胸が痛むことなんて覚悟していたはずだったのに、好きだと言ったその日から、翼が僕に笑顔を見せる度にどんどん胸が重くなるんだ。

ねえ、翼。もし、小さい頃に一緒にいなかったとして、そのとき同じように僕を受け入れてくれた?こんなことを言うのは卑怯だって分かってるけど、僕は翼に僕のことを一番に好きになって欲しいと思う。過去とか何も無くたって僕のことを選んでほしいって思ってしまうんだよ。もう、それが無理だとしても。


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「…つ、ばさ…っ」

深く深く口付ると梓の口から苦しそうに吐息が漏れる。薄く目を開けて見ればその顔は辛そうに歪んでいる。

ねえ、梓。何でそんなに自分を責めるんだよ。どうして分かってくれないの?最初は確かに同情にも似た使命感だった。でも、もうそれだけじゃない。こんなに梓を思って口付けても、何度好きだと伝えても、その顔は曇ったままでそれを見る度に俺の胸が重くなるんだ。そんな顔をしないで、俺はこんなに梓のことが好きなんだ。そんなこと絶対に起こらないって言うような諦めた顔をしないで。

「梓、好き」

「…うん」

何度も何度も、君に届くまで。
君が笑顔になるまで、何度も抱きしめて、口付けて、好きだと言うよ。


うつくしきものよ、さよならよ


綺麗な恋には戻れない
それでも構わない
(翼がいてくれるなら)
(梓の笑顔が戻ってくるなら)


title:サーカスと愛人




(翼→←梓 歪な両想い)


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