紫赤 赤ちんの唇が俺の頬を掠めた。本当に、本当に一瞬の出来事。 「赤ちん?」 「なんだい」 自分の頬に手を当てながら、何が起きたのかと相手に向かって問いかけようにも何事もなかったかのように平然とした顔を向けられて言葉の端が迷子になる。驚いて目を丸くしていたら、それを見た彼がふと微笑んだ。 「何を驚いているんだ」 「だって、赤ちん、ちゅーした…?」 一瞬の出来事に現実なのかが曖昧。赤ちんは上目遣い気味に俺を見上げている。口元が面白そうに開いて 「ああ」 と、ひとつだけ言葉を落とした。 夢じゃなかったのかーとぼんやり思うのと同時に疑問がぽかりと頭に浮かぶ。 「赤ちんて俺のこと好きなの?」 「さあ、どうだろうね」 俺の方を見上げたままの目の中を覗き込んでも、頭の中まで読むことはできなくて。明確な答えを与えられないことに唇が尖る。 「ちゅーするってことは好きなんじゃないの?」 「そうなのか?」 「うーん…あー…どうだろ」 「じゃあ、俺が好きだと言ったら、嬉しいか?」 嬉しいか?だって。赤ちんは何でも知ってるくせに。分かってるくせにこうして聞くのは、赤ちんが信じてないからでしょ?自信に溢れた目に陰りが出る瞬間があることを、俺は知ってる。自分を好きだという人がいると、彼は信じきれないんだろうか。何でも知っているくせに、赤ちんの言うことに間違いはないのに。 目の前にいる赤ちんに抱きついたら、俺より小さなその身体はすっぽりと腕の中に綺麗に収まった。 「赤ちんすきー」 「そうか」 「うん、そう。赤ちんは?」 「さあ、どうだろう」 「そればっかり」 腕に少し力を込めると赤ちんの身体があるとはっきり分かる。赤ちんがいる。間違いなくそこにあるのに、消えてしまうんじゃないかって思う。 「赤ちん、絶対俺のことすきでしょ」 って聞いたら俺の胸の辺りから声が聞こえた。 すぐに答えを知りたがるのは君の悪い癖だ そんなこと言われたって、分かり切ってる答えを聞いてくる赤ちんだって似たようなものじゃない? title:ジャベリン もどる |