高緑高



俺、高尾和成は今とても悩んでいる。

ずらりと生活雑貨が並ぶ店内、ラッキーアイテムを集めるのだよとか言ってメモに書いた品物を探している真ちゃんから少し距離を取って、アクセサリー売り場に足を向けた。周りはイチャイチャしながらアクセサリーを選ぶカップルばかりで、少し居心地が悪い。彼氏と彼女が桃色な雰囲気をまき散らす様子は否が応にも目に入るけれど、ただの空気だと思い聞かせてショーケースの中を覗きこんだ。
目に映るのはシルバーのペアリング、装飾も何もないシンプルなそれは男の指にも違和感なく嵌められそうだった。

(真ちゃんにも似合いそーだな…指輪してる真ちゃんとか完全にネタだけど)

とか思いながらも指輪から目が離せないのは、俺自身が真ちゃんと一緒につけたいなーなんて思ってしまっているからで、それこそ完全にネタである。
今まで彼女にペアリングをねだられたことはあっても、自分から一緒につけたいと思ったことはなかったもんだから、自分が自分に対して一番違和感を感じている。真ちゃんに渡したら渡したでツンツンしながらも結局つけてくれそうなんだけどね。

(そんな俺、俺が気持ち悪くて無理だわ、女子かよ)

ペアリングを楽しそうに選ぶカップルを横目に、ペアリングへの思いをなかったことにしようとしていたら、綺麗な店員さんがにっこり営業スマイルで声をかけてきた。

「ペアリングをお探しですか?」
「えーっとー…まあ、そんなとこです?」
「サイズもお測りできますので気軽にお申し付けくださいね」
「はあ、どうも」

このお姉さんは俺が”彼女”のために選んでると思ってるんだろうなー…俺がペアリング贈りたいのは俺よか身長のおっきい”男”だっていうのに。手だって、俺より一回りくらい大きいんだ…これでもかってくらい手繋いでるせいでサイズも大体わかっちゃうよ?俺。
一通り考えて頭の中に消しゴムをかける、なかったことにしよう、別に無くたっていいんだ。それより、そろそろ真ちゃん探しにいかないと一人で困っちゃうだろうな…って振り返ったらすぐそこに真ちゃんがいて。この上なく気まずいんですけど。

「あれ?真ちゃん、もう買い物終わっちゃった?」

にーっと笑顔作って何事もないように、適当にこの場をやり過ごそう。

「殆ど揃えることができたのだよ。しかし望みの色のセロハンテープカッターが見つからなかったから帰りに文房具店に寄って帰る」
「望みのって…何色探してたわけ?」
「桃色なのだよ」
「うっわーなんか微妙にマニアックなとこ攻めてくるのねおは朝!!おもしろすぎ!!一通り終わったんなら次いこ、真ちゃん!」

って自然にアクセサリー売り場から立ち去ろうとしてたのに、高尾って呼び止めるんだから、もう少し空気読んでよ真ちゃんお願い。

「お前は何を見ていたんだ?」
「ふっつーにブラブラ歩いてただけだって」
「お前がアクセサリー売り場って…」
「いーの!いーの!ほら、そこの店員さん美人さんだったから見に行ってみよっかなーって思って来ただけだって、実際そうでもなかったけど?真ちゃんのが可愛かったし」
「…高尾」
「あ、真ちゃん照れちゃった?」
「うるさいのだよ」

そう言ってスタスタと足早に歩いていく真ちゃんを後ろから追いかけた。



▽ ▽ ▽



「あー!!疲れた!!」

部屋のベッドに転がって一日を振り返る。柄にもないこと考えてるからこうも疲れるんだ。ごろりと寝返りを打ってうつ伏せになって枕を抱え込む。正直のところ、贈ったら真ちゃんは嫌がることはないと思う、それが分かっていても一緒につけようよって言い出せないのは柄じゃないからという理由だけではない。

(指輪なんて贈ったら絶対真ちゃんつけてくれちゃうじゃんか…)

それが一番嫌だった。つけてくれたら嬉しいに決まってるけど、真ちゃんの大切な指を拘束するみたいで、それはどうしても耐えられない。だって、いつも丁寧に爪のお手入れして、テーピングまで綺麗に巻いちゃうくらい、真ちゃんにとって指は大切なところなわけ。ムカつくくらい綺麗なループで、時間が止まってるんじゃないかって思える俺のエース様のシュートを生み出してるのは、その手、その指。だから、嫌だ。

「大切すぎて…だなんて…柄にもねーや」




▽ ▽ ▽




悩む俺の頭とは裏腹に、朝はやってくる。いつもの様に朝を迎えて、朝練に行って、授業受けて、昼飯食べて。やっぱり近くには真ちゃんがいて。
天気がいいからって、真ちゃんを外に引っ張り出してみた。夏の暑さから、すっかりと秋の涼しさに変化した空気を吸いこんだ。涼しくなったせいでセンチメンタルな気持ちになっちゃったんじゃないの?なんて、適当な理由をつけてみたりして。

「真ちゃん今日の昼飯なーに?」
「見てわかるだろう、パンなのだよ」
「なんか、真ちゃんがパン食ってると違和感あるわー」
「今日のラッキーアイテムなのだよ」
「でた!!ラッキーアイテム!!」

おちゃらけて笑う俺とは対照的に、真面目な顔してじっと俺の顔を見つめる真ちゃん、静かに、高尾、って呼ばれてドキリとする。

「ん?どーしちゃったの真ちゃん。いきなり真面目な顔して」

無言になられると困るんですけど。真ちゃんは、ふっと俺を見つめてた目線を手元に落として、パンの入った袋の口を止めてた銀色のモールをいじり始める。2本あったモールを2つの円に作り変えて、また俺の方に目線を戻した。

(ちょっと…待ってよ…それ…)

「高尾、手を出すのだよ」

(それ…)

「高尾」

有無を言わせない口調で名前を呼ばれて、ぐるぐるした頭のまま、言われるままに手を差し出した。

「右手ではない、逆の手なのだよ」
「左手出して、どうする気だよ」
「決まってるだろう」

ぐいっと左手を引かれたと思ったら、作っていた銀色の輪っかを指に嵌められた。しかも、薬指。サイズは、ぴったり。俺の指に輪っかを嵌めた真ちゃんは、もう一つ残った輪っかを自分の指に嵌めこんだ。しかも、俺と同じ側の同じ指に。

「…なんで分かるわけ?」
「高尾が見ていただろう?」
「あーもう!これだから真ちゃんは!」

多分今、俺の顔は赤くなってるに違いない。思いっきり体丸めて顔隠すのと、赤い顔がどうしたって顔して顔上げてるのとどっちがいいかなんて考えらんない。冷静な判断力がウリなのに、真ちゃんといるとたまに使えなくなるから困るんだよなー…。

「つかさ、俺、結構悩んでたんだけど」
「何故?」
「何故?じゃねーっつの!指輪とかさ…真ちゃんの大事な指拘束してるようなもんじゃん。俺、そんなんできねーし…」

口ごもる俺を余所に、余裕な表情を浮かべる真ちゃん。ほんっと、いやだよなこいつ。

「俺からしたら、お前の指も同様に大切なのだよ。俺がシュートを打てるのはお前がパスを出してくれるから、だから、その手を拘束するようなものなのだよ。お互い様だ」
「…真ちゃんのくせにカッコいいとか…ムカつくわー」

左手の薬指に嵌められた銀の輪っかを見つめたら口から笑みが零れ落ちる。歪な形だけど、それでも十分。秋の日差しにキラリと光った安物の指輪は妙に胸をときめかせた。これこそ、柄じゃないな。

「ねー真ちゃん」
「どうした?」
「今度さ、一緒にペアリング買いに行こ!」

くいっと眼鏡をあげて、かまわないのだよ、っていう真ちゃんの口元が嬉しそうだったのを見て、俺はニッと笑顔を浮かべた。
















「ちなみに聞くけど、ラッキーアイテムなんだったの?」
「パンの袋を止めてある銀色のモール」
「…マニアックすぎね?おは朝」






ゆびわがほしい高尾くんの話







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