大学生あずりゅ



「24日に逢いに行きますから、僕のために予定は空けておいてくださいね?」

なんていう連絡が入ったのは23日の朝方。帰ってくるなんて思っていなかった。それもそのはず「ギリギリまで黙っていて、先輩を驚かせたかったんですよね」と悪びれもせずにあいつがそう言った。予期していなかったことにドキドキと、どんどん大きくなっていく心臓の音は正直だった。


* * * *


ピンポーン。先輩から貰った合鍵を鍵穴に差込みながら、一応鳴らしておくべきだろうと思ってチャイムを鳴らした。中から小さく「はい」と言う宮地先輩の声が聞こえてなんだか嬉しくなる。扉を開けて挨拶をひとつ。

「先輩、お久しぶりです」
「あ…ああ」

目を丸くして少し驚いたような顔をする先輩。半年ぶりにみたその顔、玄関先だということも忘れて抱きしめてしまいたくなる衝動を何とか抑えて、平静な振りをした。

「先輩からもらった合鍵、やっと使えました」
「別に…そんなに使わなくたっていい」
「僕は使いたくて仕方ありませんけどね?」
「いいから、とりあえずあがれ」

大切に手の中に握り締めた合鍵をそういって見せたら、照れくさそうに眉間に皺を寄せる宮地先輩。そんな顔を見るのも久しぶりだったから…毎日メールをしていても、たまに電話をしていても、直接会うのとはやっぱりどこか違っていて、物足りなかった。アメリカと日本、思った以上にその距離は遠くて。でもその分、会えたときの嬉しさは大きかった。
物が少ない宮地先輩の部屋はいつもどおり綺麗に整頓されている。部屋の中央に置かれたテーブルの上にはホールのケーキが乗っていた。24日だし、クリスマスケーキだろうと思って覗き込んだそれを見て声が漏れる。

「え、宮地先輩…これ」

ケーキの上にはチョコレートの文字で"Happy Birthday Kinose"と書かれていて、ゆらゆらとしたその字を見るところ、宮地先輩の手作りなんじゃないだろうか。僕のすぐ隣に立っている宮地先輩は恥ずかしそうにポツリと呟くように言葉を発した。

「誕生日、直接祝えなかったから…昨日東月に手伝ってもらって作った」
「僕のために?」
「他にだれがいるんだ」
「宮地先輩が…?」
「わ、悪いか」
「いえ…なんていうか…嬉しくて」

そのとき、自分でも驚くほど喜んでいた。いつものように軽口をたたけないくらい、ぼーっとそのケーキを眺めてしまうくらいには。ふと、自分が持ってきたホールのクリスマスケーキを思い出す。

「これ、クリスマスだからと思って買ってきたんですけど、こんな素敵なケーキを前にしたら出すに出せないですね」
「む…そんなことないぞ、俺が食べる」
「手作りじゃないですよ?」
「木ノ瀬が選んできてくれた、それで十分だろう?」
「…なんだか今日の宮地先輩はかっこいいですね」

そう言ったら頭にはてなマークを並べて困った顔をする宮地先輩。ケーキを切る準備を始めた宮地先輩の横で、大切な記念にするように手作りのケーキを携帯のカメラで撮影した。その様子をみた宮地先輩は、木ノ瀬が写真をとるなんて珍しいって言ったけど、僕に残しておきたいって思わせたあなたが僕にとっては珍しい存在なんですよ?


* * * *


「美味しいです」

俺の作ったケーキを口に運ぶ木ノ瀬を見るだけでドキドキと心臓が鳴った。美味しくできているのだろうか?とか気に入ってもらえなかったらどうしようだとか、柄にもなくいろいろ考えてしまって、木ノ瀬のその言葉が出てくるまで目の前に置かれたケーキにも手をつけられずにいた。ほっと一息をついたところに、木ノ瀬が「ありがとうございます」とにこりと笑顔を向けた。

「なら、よかった」

目線を合わせていられなくて少しずらして、ぶっきらぼうに返す。美味しいと言われて嬉しいはずなのに、それを上手く表現できないのだから仕方ない。そんな俺を見ながら木ノ瀬は始終微笑んでいた。

「僕からもなにか先輩にプレゼントをしてもいいですか?」

思いついたように口を開いた木ノ瀬。

「別に、そんな気を遣わないでもいい。ケーキももらっただろう?」
「気を遣っているわけじゃありませんよ?僕からもあげたいんです」

そう言ってクリスマスケーキを包んできたピンクのリボンに手を伸ばし、器用に自分の手首にリボンを結びつけた。まるでリボンの手錠のように。

「はい、宮地先輩には僕をプレゼントしますね」
「…は?」
「拒否なんてしませんよね?宮地先輩」

にっこりと向けられた笑顔は冗談を言っているそれではなくて。

「僕は、宮地先輩のものですよ」

臆することなく真っ直ぐ見つめられてそんなことを言われたら、ただただ顔を赤くするしかできないじゃないか。可愛らしいはずのピンクのリボンがやけに艶やかで、くらくらする。わたわたと困っていたら「やっぱり先輩はかわいいですね」と言われて唇を奪われた。リボンで両手の自由が利かないはずなのに、不自由しているのは俺のほう。滅多に甘いものを食べない木ノ瀬の口がケーキのせいで甘い。

甘い、甘い。

うっすらと開いた目の端で捕らえた木ノ瀬の顔、木ノ瀬の頬も少しだけ赤くなっているように見えて、嬉しくなった。




リボンの手錠


title:発光




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