いづあい ※死ネタ注意※


ふわふわと宙に浮かんでいる。自分の身体が真下に倒れていて血まみれ。ああ、そうか交通事故か、なんてやけに客観的にその光景を捉えている。宙に浮かびながら自分の手を確認してみたりして、うっすらと透けて見える気がするから不思議な感じだ。俺、死んじゃったのか。なんとなく、ぼんやりと理解して、その後に頭の中に浮かんできたのは射弦だった。

「射弦、俺がいなくなっても大丈夫かなー」

救急車の音と、野次馬の喧騒の中で運ばれていく自分の身体を人より少し高い位置から見下ろしている。気持ち悪いほどに、俺の頭は冷静だった。



* * * *



マンガだったら誰かが幽霊の俺に気付いて未練叶えてくれたりするんだろうな、って人事のように考えながらふわりふわりと宙を浮く。滞りなく進んだ葬儀。父さんや母さん、先に死んでごめんな。いっぱい泣かせてごめんな。弓弦や真琴も泣いてたし、クラスのやつらも葬儀に参列してくれた。泣いてくれる人がいてよかったな、俺。
本当に、人事のようだ。

「射弦ーおーい、射弦ー俺ここにいるんだぞー」

聞こえるわけがないって分かっていたけれど、興味半分、寂しさ半分で呼びかける。勿論返事はない。

俺が死んでから、射弦は一度も泣かなかった。病院で死んだ俺を見たときも、葬儀の最中も。射弦だけは、一度も涙を流さなかった。無表情に何も言うことなく、ただただ静かに俺を見ていた。病院でも、棺おけに入ってるときも、骨になってからも。変な話、俺がこうして冷静に見てられるのはそのおかげなんじゃないかと思う。射弦が泣いてたらきっと俺、すごい取り乱してると思うし、こんなふわふわしながら自分の葬式とか見てられなかったに違いない。
線香の匂いが染み付いた制服姿の射弦が、俺の部屋に向かっていたからそれを追いかけるようにふわふわとついていく。射弦に手を伸ばしてみてもすり抜けるだけで、射弦、と呼び掛けても返事はないから少し空しい気持ちになる。生きててこういうことしたら「藍、うるさい」って言われてたんだろうな。いつも反論するように色々言ったけどさ、こうなって初めて分かるもんだ、射弦の憎まれ口も、ないと切ない。なんだかんだいってもやっぱり射弦のことが好きなんだなって、もう少し早く気付いてればよかったな。

「射弦ーすきだぞー。ってもっと言っとけばよかったな」
「ほんと…今更だね」

俺の言葉に続いた射弦の声、視線は俺の方を確実に向いている。

「へ?…お前、俺見えてんの?」
「まあ」
「いつから?」
「病院で死んだって聞いたときから」
「あ、そうだったんだ…」
「藍、ほんと、馬鹿だよね」
「…馬鹿っていうな」
「事実でしょ。何、死んでるの」

明らかに寂しそうな色をしている射弦の目を見るのが忍びなくてどこを見ればいいか分からなくなる。

「ごめん…」
「謝られてもどうしようもない」
「…ごめん」

寂しさを含みながらも”どうして死んでしまったの”と俺に対して責めるような目線を向けてくる射弦の目を見たらその言葉しか出てこなかった。いつも死んだ魚のような目をしてるくせに、なんでこう痛々しいほどに伝わるんだろう。射弦がそんな目で俺を見るから、ふわふわと夢見心地だった俺の頭の中にも実感というものが湧いてきて、だんだん泣きたくなってきた。

「藍、泣きそう」
「誰のせいだよ」
「さあ…というか、藍よりも泣きたいのは俺のほう…なんだけど?」
「…なんでお前一回も泣かないんだよ…俺が死んだってのに」

誰が泣いていても、射弦だけは涙を流さなかったから。射弦だしなあと思っていたはずだったのに、俺は、心の中では結構気にしていたようで八つ当たりをするかのようにポロリと口から零してしまった。できることなら泣かせたくなんてないけど、俺が死ぬって射弦にとってはそんなもんなのかなって考えたら、自分がまだ生きてるんじゃないかって思うくらい鮮明に胸に痛みがあったんだ。

「泣いて欲しかった?」
「…」

射弦の問いかけに返す言葉が見つからなくて、口を開いたまま目線だけを泳がせた。

「俺が泣いたら、藍…逝けなくなるでしょ」

涙目になってる俺に向かって射弦が手を伸ばすけれど、その手は俺の身体を通過することしかしなかった。

「…変な気の遣い方だな」

とは言ったものの、間違いなくそうだったと思う。死ぬ瞬間に頭に浮かんだのは射弦だったし、どの場面でもやっぱり射弦を気にしていた気がする。お前の言うことはもっともだ。

「ねぇ、俺が藍のこと見えるのってなんで?」
「しらね」
「逝く前に、愛の言葉のひとつくらい置いてってよ」
「…」
「いいじゃん…"最期"のお願い」

性格悪そうな顔してみせてるつもりだろうけど、すぐ分かるんだからな、射弦。お前のことどれだけの間見てきたと思ってるんだよ、こんだけ近くで。

「俺が逝ったらちゃんと泣けよな…」
「どうかな」
「好きだぞ」
「藍ってさ、馬鹿だよね」
「うるせえ」
「泣きすぎ」
「いいんだよ、お前の前だから!」
「藍、好きだよ」

ふっと白くなった視界、最期に目に映ったのは射弦の目から流れた涙。射弦が俺のために涙を流したのを見て俺の口元に笑みが浮かんだ。



泣かない彼が泣く、ただひとつの理由


title:サーカスと愛人




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