「ぬぬぬーぬぬぬんぬぬーぬぬぬー」
「なんだって楽しそうだね」

鼻歌を歌い、軽い足取りで僕の隣を歩いていた翼に視線を向けると、翼は眩しいくらいの笑顔でこちらを向いた。

「だって春だぞ!?ついこないだまであーんな寒かったのに今はこんなにぽっかぽか」

両手をいっぱいに広げて嬉しそうに言葉を返す。確かに、春の陽気と思えるようになるまでに今年は結構かかった気がする。寒い寒いと言いながら布団にくるまっていた翼からしたら、暖かくなるのが嬉しいんだろう。光だけでなく、温かみを含んだ太陽の光の中で深く息を吸い込むと草の匂いや土の匂いが心地良い。春の匂いっていうのかな。

「あ!ほら梓見てみて!桜も満開だぞ」

少し先の方に満開の桜の木を見つけて、子供の様に駆けていく翼。のんびり後を追っていたらはやく、と手招きをされ急かされた。

「まったく…」

少しだけ歩調を速めて翼のもとへと急ぐ。満開の桜の木の下で上を見上げる翼の隣に並んだ。

「綺麗だね」
「うぬ!…あ」
「なに?」

すっと翼の手が僕の頭に伸びて、その指で桜の花びらを掴み取った。

「ついてた」
「どうも」
「梓の頭の上の花びらを取れるのは俺の特権だな」
「遠まわしに背が小さいって言いたいわけ?」
「もー!そうじゃないってばー」

ぷうっと頬を膨らませる翼を笑いながら、そんなこと分かってるって心の中でこっそりと思う。いつも翼はなんてことなくそういう言葉を投げかけてくるから困る。こっちの気も知らないで。

「あ!」
「今度はどうしたの」
「こっちにも花咲いてるぞ梓ー!」

足元に見つけた小さな青色の花に目を輝かせてしゃがみこんだ翼。その頭の上に桜の花びらを見つける。それに手を伸ばしたら翼が目を丸くしてた。

「仕返し」

付いてた花びらを手の上に乗せながら翼に言ってやると「それは仕返しって言わないぞ」って嬉しそうに返された。

「なんか梓の目線が上って新鮮だな」
「身長縮む薬でも作ったらいいんじゃない?」
「梓がつんつんしてるぞー」

そんなことないって言い返そうとしたら、腕を引かれて、翼の顔がすぐ目の前にあって、気づいた時には唇が触れてた。触れるだけのキス。

「隙あり」

下からの不意打ちに言葉を詰まらせていると、勝ち誇ったように翼が笑うもんだから、思いっきり頭を引っぱたいてやった。頭をふわふわさせる、春の陽気がいけないんだ。




道端に咲く花に敬礼


title:発光




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