午後の教室、ぼんやりと外を眺めながら半袖を揺らす風を感じていた。夏の暑さも和らいだ少し乾いた空気が心地よくて、同時に、耳に届く先生の教科書を読む単調な声が眠りの世界へと意識を連れ去ろうとする。うつらうつらと目を閉じかけた時に、それを妨げるように震えた携帯電話。見つからないようにこっそりとカバンから取り出して開いて見ると、1通のメール。誰からのメールかと思って開いて見れば、珍しい名前がそこにはあった。


from:矢来射弦
sub:無題
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弓道場の近くにいる
来て


淡白な内容のメール、その上文章が少なすぎて意味が分からない。いつもだったらとりあえず無視して携帯を閉じるところだけど、今日は気が向いたから。眠気ばかりが浮かんでくるこの午後の空気の所為ってことにしてしまえばいいだろう。

「先生、具合が悪いので保健室に行ってきます」

先生からの返事を待つこともなく立ちあがって教室を出た。保健室ではなく弓道場の方へ向かって歩いていく、授業中の静かな廊下に僕が歩く靴の音だけが淡々と響いている。ポケットに忍ばせた携帯電話を開いて先程のメールをもう一度開いてみる。行って、いなければ射弦にからかわれただけということになるけれど、あの暇な授業を聞くよりはよっぽどいい。
弓道場の前に辿り着いて辺りを見渡してみるけれど、射弦の姿というより、人の姿すらなくて、ただからかわれただけだったか、と少しの落胆。

「あ、梓」

カラリと開いた弓道場の扉、中から顔を出したのはやる気のなさそうな顔をした射弦。道場に勝手に入るってどういう神経しているのだろう、と思いつつも、開けたままにしていたこっちにも非があるわけで、そこを言われたら面倒だからと口を噤む。

「来ないと思ってた」
「暇だったから出てきてあげたんだよ」
「へー」

何か含んだような笑みを浮かべるもんだから嫌になる。

「で、何か用?」
「用がないと来ちゃいけない?」
「用もなくわざわざ来ないだろ、普通。それに、射弦授業は?」
「途中で抜けてきた」

持っていたカバンを指差して、中に入った教科書を出して見せた。授業を抜けて、こんなところまで一体何をしに来たのか、射弦の考えが全く掴めなくてつい顔が険しくなる。

「梓、俺にすぐ、そういう顔するよね」
「射弦が意味分からないからだよ」
「意味分からない?」

こくり、首を縦に振って意思表示をすれば満足そうな顔で口角を持ち上げた射弦。意味が分からないと言われてそういう顔をするお前の頭の中が心底分からない。

「梓に逢いたくて、来た」
「僕は別に会いたくなかったけど」
「そんなの関係ないよ。俺が、梓に逢いたくなった、だから来たんだよ」
「…射弦って…本当、自己中だよね」

対抗するように言葉を言い放つけれど、射弦の真っ直ぐに見つめてくる瞳から逃れるように目線を下にしてしまったのは、射弦の言葉に戸惑ったから。本当なのか嘘なのかも分からない言葉なのに、平然とした顔で真っ直ぐに突きつけられるから、心臓に悪い。

「梓、顔、赤い」
「赤くないよ」
「じゃあ、こっち見て」

嫌だと言えば顔が赤くなっていることを肯定することになる、それが嫌だったから渋々顔をあげた。けれど、自分で赤くなっている自覚があるもんだからどうしようもなくて。射弦に素直になんてなってやるものかと思えば思うほど、うまくいかないことばかりだ。目が合うと、うっすら微笑みながら口を開く射弦。

「ふふっ…梓、真っ赤」
「知らないよ」
「良いもの見れた」
「…」
「逢いたいと思った時に来ないと、次がいつになるか、分からなかったから」
「…暇人」

赤くなっている自覚のあった頬に熱が集まっているのが分かる。分散していけばいいのにと考えるほどに頬に熱は集まっていって、思い通りにならない心臓にもイライラした。

「…ていうのは全部嘘、だったりして」
「はあ!?」
「あ、真に受けた」
「お前…ほんといい加減に…」

面白そうに笑う射弦に怒鳴りかかろうとしたら遮られるように言葉をつなげられて、その上何も言えなくなってしまう。

「嘘じゃない。逢いたかった」

それこそ嘘なんじゃないかと射弦の顔を見たら、からかうようなあの笑いでも、馬鹿にしたような薄ら笑いでもなくて、こんな顔もできるのかって思ってしまうくらいの柔らかい笑顔だったから、ただただ、目を逸らすことしかできなくなる。

「真っ赤な梓見れたから、帰る。部活出ないと、藍がうるさいから」
「迷惑だから、もう来なくたっていいけど?」
「心にも思ってない癖に」

小さく手を振って背を向けた射弦を見送って、その場に一人佇んだ。ほんの数十分、ただからかわれただけなのかもしれないけれど、そんな言葉に心を乱されている自分に動揺してしまう。みるみる赤くなっているであろう顔が憎らしい。射弦の一言でこんなになっている自分が、本当に、一番意味が分からない。
眠気も何もかも全部吹き飛んだそんなときに、授業終了のチャイムが聞こえた。


鳴るのは鐘の音、胸の鼓動







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kiraさまへ!
「射弦にからかわれて真っ赤な梓」というリクエストでしたが、ちゃんとからかえているか不安です…。射弦の嘘か本当か分からない直球な言葉に梓は真っ赤になるだろうなー…と思って書かせていただきました!
リクエスト、本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします!

しぎみや




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