いづあい
返却期限が近づいたDVDを無言で見続ける俺のすぐ後ろでどこを見るでもなくただぼんやりとしている射弦。背中に寄りかかっている射弦の重みを感じる。部屋の中で聞こえるのはテレビから聞こえる役者の声だけ。俺をからかう射弦の声が今日はない。
射弦が俺の背中に寄りかかってくるのは決まって何かに躓いたとき。うまくいかなくて
、どうしようもなくなって、誰かに助けを求めたくなるそんな瞬間が生きてれば誰にだってあるものだ。俺はすぐに口に出す。弓弦だったり射弦だったり親だったり、ポロリと零してしまう、いや、零すことができると言ったほうが正しいかもしれない。逆に、射弦は絶対に言わない。一人で何も言わずに考えて、一人で納得して、いつものように戻る。でも、射弦だって人間だから。辛いことがあっても平気なわけじゃない。口に出せない代わりにこうして俺に寄りかかってくるんだろうと思う。悩んだりうまくいかなかったりしたときに人恋しくなるっていう、そういうものだろう。
DVDの内容よりも背中の射弦のことが気になって、何があったんだろうとか、言えばいいのになとか考えたりするけど、それを口には出さない。相手は射弦だし。あの射弦が俺のところに来てこうやって背中に寄りかかってくるっていうだけで少し特別な気がする。射弦が言いたくないなら言わなきゃいいし、無理に言わせる必要もない。必要なときに寄りかからせてやれる、俺はそういう存在でいられたらいいんじゃないかって思うんだ。
ぐっと背中にかかる重みが増して前のめりになる。射弦が背中で俺を押しているみたいだ。
「なんだよーDVD見てんだから邪魔すんな」
「…」
返事の代わりにさらに強く背中にもたれかかってきた。こういうときの射弦はかわいいな、年下って感じで。いつも馬鹿にされてばかりだから、こういうときくらいは、ね。
見ていたテレビの画面がパッと一番最初のシーンに戻る。手元にあったはずのリモコンはいつの間にか射弦の手の中に納まっていて、それを操作する射弦。
「なんで最初にしちゃうんだよ!見てたのに…!」
「俺、見てなかったから」
「借りてきたの俺なんだけど」
「いいじゃん、別に」
しれっとした顔で俺の隣に座りなおした射弦。勝手に最初に戻されたのには文句が出るけれど、実際のところそこまで内容は頭に入っていないわけで。なによりも射弦が少しは元気になったみたいだから。
「ま、いっか」
私はそれを許し、またそれを愛するだろう
title:サーカスと愛人
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