黄昏


不覚だった。普段だったら絶対通らない路地裏。体調を崩していた飼い猫の看病をしていたら、いつもより家を出る時間が遅くなってしまい、近道をしようとしたのだ。
この島はログが溜まるのに二ヶ月程かかる。だから、常に海賊も多く滞在していて、しかしログが溜まるまでに時間がかかるからこそ、表立った騒ぎは起こさないようにするのが暗黙のルールだった。海軍基地もそれほど遠くなく、無事にログを貯めて出港する為にはトラブルを起こさないことが無難であった。
とは言えども、この島に着いたばかりの海賊たちは、しばしばその暗黙のルールを破り、こうやって厄介ごとを起こそうとする。


「貴方達、この島に来たばかりなんでしょう。ここで面倒を起こすと、海軍呼ばれて自分たちの首を絞めるわよ」
「そりゃあお前が生きていたらそうなる可能性もあるが、ここで殺せば何もなかったのと同じだろ」
「たっぷり遊んだ後にしっかり殺してやるから、安心しろよ」


私を取り囲んだ男達は、いかにもと言った風貌の海賊達であった。この暗い路地裏は、人目につかないこともあり島民も滅多に近寄らない。私だって、油断していなければこの道を通ることも、こんな男達に捕まることも無かった。
数の差もあり、ここを切り抜けられる未来など予想できなかった。生まれ育ったこの島で死ぬことに未練はないが、しかしこんな奴らに命をくれてやるのは惜しすぎる。
どうにか打開できないかと周りを見渡すと、海賊の後ろに人影が現れた。


「おい」
「なんだ?」
「道を塞ぐな。邪魔だ」


突然現れた男はそう言うと、何ごとか呟いてそして背負っていた大きな刀を一振りした。
たちまち周囲にいた海賊どもは体を切られ、しかし血が噴き出ることなく、なんとも不思議な光景に私は目を疑った。
海賊達も何が起きたか分からないと言った顔をしていた。しかし、力の差は歴然で、動ける者達は切られた者を置いてすぐにこの場から逃げ出していった。残りの男達も、どうにか切られた体を繋げて、先に逃げた仲間の後を慌てて追いかけて行った。

一瞬の出来事に、情報量が多すぎて私は困ったように助けてくれた彼を見つめた。
見たことのない男だった。彼もまた、最近この島に着いたばかりの者なのだろう。背は高く細身の体。あんなに大きな刀を軽く振り回していたと思うと、ますます不思議に思えた。


「あの、助けてくれて、ありがとう」
「…たまたま居合わせただけだ」


恩に着せる様子もなく、彼は私の横をすり抜けて行った。
そうだ、時間。私は何故この道を選んだかを思い出す。出勤の時刻はもう迫っていた。私は助けてくれた男の腕を慌ててつかんで呼び止めた。


「待って、これ、私が働いている店よ」


彼は私が渡した店の名刺を、不思議そうにしながらも受け取ってくれた。


「貴方は偶々ここを通っただけかもしれないけど、私は命を救われたわ。お礼がしたいから、良かったらこの店に来て。ここで踊っているの。サービス出来るから、是非来てね」


彼の返答を待たずに、私は駆け出した。オーナーは、遅刻にうるさい。この店での仕事を失うと、島内で生計を立てていくのが難しくなってしまう。
来てくれると良いのだけど。そう思いながら、店へと急いだ。

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