香水


鼻腔をくすぐる艶やかなローズの香りに顔を顰めた。髪の毛を梳くように撫でるのはキスの合図。だけど、私は顔を背けるように窓の外へと視線を向けた。


「キス、したくない」
「…そうかい」


マルコさんはつまらなそうに返事をした。我ながら随分と可愛くない女だなぁと自著気味に思う。車は緩やかに動き出し、短い逢瀬はあっという間に終わってしまう。私は泣きそうになるのをグッと堪えて手を握り締めた。

『次は、いつ会えますか。』

そう聞きたくて、だけど聞けなくて。私から会う約束をしたことは一度もない。マルコさんからの連絡はいつも一方的で気まぐれで、いつまで経っても鳴らない電話を永遠に待っている時間は、あまりにも惨めで寂しくて辛かった。
車の中はいつも誰かの香水の匂いがする。この助手席に座って彼の愛を享受しているのは、いったいどんな女の人なんだろう。

私の住むアパートの前に着き、車がゆっくりと止まった。「着いたぞ」とマルコさんが優しく呼びかける。私はようやく彼の方へ顔を向けると同時に、隙を突くように唇を奪われた。


「なっ……したくないって、言ったのに」
「おれがしたかったからしたんだ。悪ィか?」


ニヤリと悪い笑みを浮かべたマルコさんは、そう言いながら腕を伸ばして私を抱き寄せながら再び唇を重ねた。甘い口付けに、離れがたい気持ちが胸を締め付ける。自分から舌を絡ませると、背中に回る腕がより一層強く私を抱きしめてくれた。
帰りたくないと言えたなら。愛してると、ずっと一緒にいたいと。気持ちを全て伝えることが出来たならと、幾度も考えた。振られるのが怖くて何も言えずにいる私のことを、マルコさんはどんな風に思っているのだろう。
やがて離れていく唇同士を微かな銀色の糸が結ぶ。ふいにふわりと優しい微笑みを返されて、無意識のうちに私は彼の袖口をぎゅっと掴んでしまった。


「私、あの」
「…やっぱり、今日は帰したくねェな」


ふいに囁かれた言葉で、心臓が締め付けられる。「まだ一緒にいたい」と勇気を出して呟くと、マルコさんは再び甘い口付けを落としてくれた。
 


 




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