恋の呪縛


放課後、隣のクラスの女子から無理やり押し付けられたラブレターを渡すため、教室に残っていた。ため息をつく。これで何度目だろう。


「よう、待たせたな」
「遅かったね。先生にでも呼ばれてたの?」
「いやどの教室だったかイマイチ思い出せなくて」
「どうして毎日通ってる学校内で迷えるのよ…」


同じ階にはもう誰もいないようだった。極度の方向音痴であるゾロはどうやら一人校内を彷徨っていたせいでここに来るのが遅れたらしい。


「何の用だ?」
「これ、受け取ってほしいの」


私はそう言って手紙を一枚手渡した。驚いた顔をするゾロ。こんなのしょっちゅうもらってるくせに、今更驚くなんて。

ゾロは、よくモテる。喧嘩が強くて背が高くて、ちょっとふてぶてしいところもあるけれど、それもまた魅力だとか。女子とほとんど話している姿を見かけないのも、硬派でかっこいいと言われていた。
幼馴染の私は、そんなゾロへの告白を手伝わされることが多かった。手紙の受け渡しや放課後の呼び出し。数えたらきりがない。好きでやっているわけではないが、狭い女子の社会で生き抜くには、ある程度は我慢しないといけないのである。


「…お前が書いたのか?」
「そんなわけないでしょ。よく見てよ。隣のクラスの子からだよ」


ゾロはおそるおそると言った感じでそう聞いてきた。私は呆れながら違うと答える。どうして私がゾロにラブレターなんて渡さなきゃいけないのか。


「お前から告白されるのかと思ったのに」
「はあ?何言ってんの、バカじゃないの」


私は首を振る。手紙は渡せたし、私はもう特にやることも無い。じゃあね、と言って帰ろうとした。
しかし、ゾロに手首をつかまれて阻まれる。振り返ると、思ったよりも近くにゾロは立っていて、私を見下ろしていた。


「…何?痛いんだけど」
「お前は、いつまでこんなこと続けるんだよ」
「こんなことって?」
「他の奴から好きだとか言われても、迷惑だ」


ゾロは少し怒っているようにも見えた。まあ、確かに話したこともない異性から一方的に好意を寄せられるのは、そんなに心地よいものではないのかもしれない。しかし、それを私に言われても困る。


「別に、頼まれたからやってるだけで、好きでやってるわけじゃないよ」


私もむっとして言い返す。誰がこんな不毛な橋渡しを好き好んでやるというのだ。話しながらずっと掴まれている手首が熱くて痛い。
ゾロは私から目を離して、そして彼にしては珍しく歯切れの悪そうな顔で呟いた。


「お前から呼び出される度、期待しちまうのが馬鹿馬鹿しい…」
「…え?」


どういう意味で言ったのだろう。というか、いつまで私の手を掴んでいるつもりだろう。
急に、教室に二人きりでいることが恥ずかしく思えてきた。校庭から運動部の人達の掛け声が遠く聞こえる。


「手、離してよ」
「………嫌だ、って言ったら?」
「何言ってんの」


ゾロは私の目を見てそう言った。反らせなくて、強がってみるけど、二人の距離が近いことを改めて認識してしまう。
何を言おうとしているのか、なんとなく、分かった。私はそれを聞くのが怖くてその場から逃げ出したかったけど、強くつかまれた手首は振りほどけなくて、逃げようとしたそぶりを感じたのか逆にゾロは私の手を強く引いたため、先程よりも距離が近くなって、鼓動が早くなった。


「何する……」
「好きだ」


耳元で、そう囁かれた。

顔がカッと赤くなる。私は思わず空いているもう片方の手でゾロの肩を押したけど、ゾロはビクともせずに私をじっと見ていた。冷や汗。緊張してしまい、そのことを隠すため私は茶化すように言った。


「冗談やめてよっ」
「冗談じゃねぇよ」
「そんなの初めて聞いた」
「初めて言ったからな」


こんなの誰かに見られたら…。私はゾロを睨んだ。自己中男め。私がどんな立場になるのか、全く分かっていないのだろう。

別に、付きたいと思っていたわけではなかった。ゾロにとって一番の女友達でいることが出来ればそれで良かった。それ以上を望もうともしなかった。……違う、それ以上を望んで、そのせいで一番の友達というポジションを失うのが怖かった。周りの女子の目が怖かったこともある。私は臆病で、卑怯だった。


「あんたと一緒にいたら、私が女子に恨まれる」
「俺が守る」
「どうやって守るのよ、馬鹿。根拠もないくせに」
「好きだから、守る」


ゾロの言葉は簡潔だった。単細胞の言葉は、ストレートで、だけどそれがあれこれ言い訳をしようとしていた私の心にストンと落ちてきた。思わず笑ってしまうと、ゾロはようやく手首を離してくれて、私はその隙に離れようとした。
しかし、それよりも早くゾロは私の背中に腕を回してぎゅっと抱き寄せてしまった。急に密着した体に、思わず息をのむ。


「好きだ」
「…さっき聞いた」
「ああ。何回言っても足りねぇ」


熱があるかのように、頭がぼーっとする。私はもう抵抗する気も起きなくて、躊躇いがちにゾロの背中に腕をまわした。ずっと憧れていた体温は、想像していたよりもずっと、熱かった。



 




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