冷たい風と片思い



「久しぶり、だね」
「あぁ、そうだな」


緊張して、会話が続かない。風は冷たいのに、体の右側だけやけに熱く感じる。隣を歩くロー君の顔をそっと見上げるとちょうど彼と目があってしまい、私は慌てて視線を地面へと落とした。……こんな風に目を逸らすなんて、逆に不自然だったかもしれない。でも、どうするのが正解だったかなんて分からなかった。

海外へ留学へしていたロー君が帰ってきたのはつい先日のこと。ラミから連絡があって帰国していたのは知っていたが、まさか本人から直接私に電話が来るとは思ってもみなかった。おそるおそる電話に出ると、久しぶりに聞くその声に私の恋心はやはり健在だったのだと思い出した。
少し話をしたいと言われて急いで家を出ると、もう既に彼は私の家の前で待ってくれていたようだった。数年ぶりに見たロー君は、記憶の中の彼よりも背が伸びずっと大人びていて、そしてさらに素敵な人になっていた。

ロー君の妹のラミと幼馴染の私は、幼い頃遊びに行った彼女の家で初めてロー君を見かけた時から、ずっと片思いをし続けていた。
目付きも愛想も決して良いとは言えないロー君だったが、勉強を教えてくれる時はとても親切だったし、ラミと3人で遊びに連れて行ってもらうこともよくあった。見た目からは想像もできないほど優しくて面倒見の良いロー君に、私はずっとずっと首ったけだったのだ。
ラミは私の恋心に気付いており何かと協力してくれようとしたが、私はいつもそれを断ってはロー君をただ近くから眺めるだけだった。ロー君みたいなかっこいい人が私を好きになってくれるはずがないし、こうして妹の友達という立場に甘んじていれば、彼の特別にはなれなかったとしてもずっとそばにいられると思ったからだ。
私の消極的な姿勢をラミはいつも叱ったが、どうしてもこれ以上距離を縮める勇気は私には無かった。だから今日久しぶりに会って話せるという運命に、私はいつも以上に挙動不審になってしまっていたと思う。


「背高いし、なんか、知らない人みたいだったから、ビックリした」
「そうか?…お前は、昔から変わんねえな」


歩きながらぽつりぽつりと近況報告をしていた。話の流れで、ロー君はそう言っていきなり手を伸ばして私の前髪をそっとかきあげた。
突然のことにびっくりして思わず立ち止まってしまう。よけられた前髪のせいでロー君と思いっきり目が合ってしまい、だけど逸らすことも出来ず上がりきった心拍数が私を苦しくさせた。


「顔、ようやく見れた」


頬が、熱くなる。ロー君の低い声が優しく聞こえるが、彼が何を考えているかなんてちっとも分からなかった。少しだけ口角を上げた柔らかい微笑みが、感情をこれでもかと溢れさせる。
私たちは近所の公園の中を歩いていたが、もう既に夕方というには暗くなりすぎていたせいか、人の気配は全く無く時折風が木々を揺らす音だけが微かにしていた。そんなことあり得ないのに、ロー君に私の心音が聞こえているんじゃないかと不安になる。数年間隠してきた恋心がこんなところで暴かれてしまうのは避けたくて、私は彼の手を振り払って早足で前へと出た。


「もう暗いし、早く帰ろう?」


声が少し掠れてしまった。目を合わさないで話す私を、彼はもしかしたら不審に思ったかもしれない。だけど、これ以上近くにいたらこの気持ちがバレてしまいそうだった。数年間ずっとずっと大切に隠してきたのに、こんなところで曝け出しては今までの努力が水の泡となってしまう。
ロー君はまたすぐに海外へ行ってしまうらしい。遠い距離で離れ離れになるが、こうして帰国した時にまたふらりと会って数分話すことが出来たら、私はそれで充分なのだ。万が一この気持ちが彼に伝わってしまい、そのたった数分の機会さえも奪われてしまったらと思うと怖くてたまらなかった。

だけどその場を動かないロー君。彼は何か考えているようで私よりもずっと遠くをぼんやりと眺めていた。もう一度声をかけると、ようやくこちらへと向かってきてくれた。


「なぁ、お前、彼氏とかいんのか?」
「え?いない、けど」
「そうか」


脈絡のない問いかけに驚いてロー君の顔を見たが、今度はロー君に目を逸らされてしまった。公園の出口へと向かって歩き出す。しかし数歩進んだところで、またロー君は立ち止まってしまった。


「どうしたの?」
「……待っててくれ、って言ったら、迷惑か?」
「え…?」


聞き返した私の手を、ロー君がそっと取って優しく握る。心臓が破裂するのではないかと思った。どういうことか分からなくて、私は驚いて口をあけたままぽかんとロー君を見つめていた。


「このままで良いかとも思ったが、離れてる間に他の奴に奪われない保障なんてどこにもねェもんな」


そのまま手を引かれて前のめりになった体を、ロー君はゆっくりと抱き寄せて背中に手を回した。触れる体温。途端に熱くなる体に、私の頭は思考停止する。


「ずっと好きだった」
「え、う、うそ」
「嘘じゃねェよ」


抱きしめる力が強くなり、呼吸さえ怪しくなる。何が起きているのか理解出来ず目をぎゅっと瞑って血管がはちきれんばかりの心拍に耐えていると、ロー君の体が少しだけ離れて片手で私のおでこを優しく撫でた。
そして次の瞬間、ちゅっと柔らかい感覚が額に降りてくる。私の脳内はもういっぱいいっぱいで、この情報をどう処理したらいいか分からずフリーズしたまま動けなかった。
そんな私を見て、ロー君は可笑しそうに少しだけ笑った。


「嘘じゃないってこれで分かっただろ。それとも、こっちにキスしねェと信用しないか?」


唇をなぞりながらそんなことを言われても、慌てて首を振ることしか出来なかった。おでこでさえキャパオーバーだというのに、唇になんてされたら、私の心臓は本当にダメになってしまう。
自分でも分かるくらい顔が真っ赤になってしまっている。頬をぎゅっと両手で押さえていると、ロー君は再び優しく私の体を抱きしめた。私とは違って、トクントクンと穏やかな心音が聞こえる。


「好きだよ」
「……はい」
「返事、聞かせてくれ」


返事なんて分かり切っているだろうに。私はロー君の服の裾をそっと握りながら、「私も、ずっと大好きでした」と溢れる恋心をゆっくりと呟いた。


 




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