深海のその先


『ありがとう、エース』

そう言ったなまえの声が脳裏にこびりついて離れなかった。
多分、本当に何でもない事だったんだと思う。絡まれるのも、あしらうのも。なまえだって伊達にこの船に乗っている訳ではない、あんなチンピラなんて秒で倒せるだろう。だけど、それでも、俺はあの男の汚い手がなまえに触れるのを、どうしても許せなかった。なまえが強いとか弱いとか、関係なく、俺が嫌だと思ったのだ。
それを止めたなまえも、彼女の言い分は分かったけど、むしょうに腹が立った。いつもはマルコが助けてくれるというのも、俺の苛々を増長させた。

ありがとうと、あいつは言った。私の為に怒ってくれるのが嬉しいと。

ざわつく胸が、おかしくて、訳が分からなくて、俺はがむしゃらに白ひげを襲いまくった。

船の奴らは呆れたような顔をして俺を見ていた。…なまえも。俺は気付くとあいつに、上手く接する事が出来なくなっていた。


いろんな思いが頭の中でごちゃごちゃになっていた。こうやって挑み続ける事に意味がない事も、俺の中であいつらに対する感情が変わってきていることも、全部。気付いていた。だからこそ、どうすればいいか分からなかった。
勝手にぼろぼろになった身体で、甲板にもたれていた。足音が近付いて来て、俺ははっと顔を上げる。しかし、そこにいたのは、一番隊のマルコだった。


「ほら、飯。今日食ってなかっただろい?」
「………」
「なまえが気にしてたぞ、エースに避けられてる気がするって。…お前も大概、分かりやすい奴だよい」


いつだったか、なまえが言っていた事を思い出す。「私達はみんな世界じゃ疎まれて、嫌われてきた。だからこそ、私達は人よりも優しく生きなきゃいけないの。親父は、それを教えてくれたの」。俺に食事を渡しながら、マルコも似たような事を言った。


「エース、そろそろ決断しろい」
「………」
「この船を下りて出直すか…、ここに残って白ひげのマークを背負うか」
「……………俺は……」


ゆっくりと顔を上げる。答えは、もうずっと前に出ていたんだ。
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