全ては偶然の儘に
「エース」
「な、なんだよ」
「気付いてるでしょ、意味ないって。無駄な仕事増やさないでって言ってるじゃん」
「うるせえよ、俺には関係ねぇし」
「この船に乗ってる以上、関係ない人なんかいないの。エース」
私がじっと目を見つめると、やがてエースは気まずそうに目を逸らして燃えていた右手を下ろして火を抑えた。
エースの数メートル先には親父がいて、マルコ隊長と何やら話をしていた。エースは舌打ちをすると船内の何処かへと消えて行った。私はため息をついて親父たちのところへ向かった。
「親父、マルコ隊長、おはようございます」
「おはよう、なまえ」
「エースもすっかりなまえに懐いてるな」
「懐いてはないですよ、隊長」
「でもなまえの言う事だけはしっかり聞くもんなー」
そう言いながらサッチ隊長も話に加わって来た。茶化さないでください、と私が軽く睨みながら言うと、肩をすくめて悪い悪いと頭をぽんぽんと撫でてきた。サッチ隊長もだけど、親父もみんな、私を子供扱いしてくる。きっと彼らの頭の中で私はこの船に乗ったばかりの小さい頃のイメージのまんまなのだろう。あれからもう何年も経つのに。はあ、と小さくため息を吐いた。
「それより、何の話をしてたんですか?」
「ああ、もうすぐ島に着くらしいよい」
「久々の上陸だァ、しっかり遊んでこいよ」
「親父も、私のこと子供扱いする」
サッチ隊長の手が引っ込んだと思ったら今度は親父が私の頭を撫でる。私が不満げにそう言うと、親父は「グララララ」と盛大に笑ってさらに強く私の頭を撫でた。
「なまえ、エースの奴にもこのこと教えてやってくれ」
「上陸が近いことですか?」
「あぁ、頼めるか?」
「大丈夫ですよ、わかりました」
「二三日の間大人しくしてたら、小遣いもくれてやるって言ってやれ!」
親父の言葉に「わかった」と答えると、私はエースを探しに駆けだした。
エースは約束守れるかな。私からしたら親父のその提案はとても魅力的なもののように思えたけど、エースはどう思うだろうか。でも、せっかくの島への上陸だ。エースも一緒に買い物できたら、とても楽しいと思う。
私はあちこちを探して、ようやくエースを見つけた。彼は船の中でも人気のない不用品置き場となっている倉庫室に寝っ転がっていた。
「こんなとこで寝てたら、カビ生えちゃうよ、エース」
「カビなんか生えるか」
「でも、すっごいジメジメしてる。身体には生えなくても、心がカビだらけになっちゃいそう」
私は寝てるエースの傍にしゃがみこんでそう言った。彼は相変わらず目を閉じたままだ。
「もうすぐ、次の島に上陸するんだって」
「…」
「それでね、親父が上陸するまで大人しくしてたら、お小遣いくれるってさ」
「………はぁ?」
エースは驚いたように起き上がって私の顔をまじまじと見た。
確かに、自分の命を狙っている小僧にお金を上げるなんて、馬鹿げたことかもしれない。だけど、それが親父だ。私はそんな親父を、誇りに思っているのだ。
「ねぇ、いつまで続けるの?」
「あいつの首を取るまで」
「エースじゃ無理だよ、親父を倒すのは」
「無理じぇねぇ」
「無理だよ。そんな無鉄砲な考え方で、周りを顧みない行動をする人が、親父を倒すことなんて出来るはずない」
私はため息をついてそう言った。何度となく、このことを説き伏せているが、エースはなかなか納得してくれない。私の言葉は、エースに響きづらいようだ。
面倒になって、寝っ転がる彼を放って私は立ちあがった。
「エース」
「…なんだよ」
「私、エースと一緒に島、まわりたいって思ってるから」
「…」
「一緒に見てまわろうね。それで、好きなもの食べて、好きなもの買おう」
エースは返事をしなかった。
だけど、一度だけこちらを見た。その目は、いつもと違って反抗的な目ではなく、なんとも言い難いような瞳をしていた。