空中エゴイズム



どしゃーん、と何かが派手に壊れる音がしてやれやれ、と思う。大きな音に一瞬びっくりして手を止めた周囲も「今のなんだー?」「いつものだよ」「ああ、あいつもよくやるよなあ」とすぐに作業に戻ってそんな呑気な会話をする。
私は一緒に作業をしていた仲間に断って一旦その場を離れる。こういうときに処理をする役目は、私なのだ。


「大丈夫?」


現場に到着してみると仰向けに寝っころがっている先程の音の犯人がいた。私は近付いて傍にしゃがみこみそう聞くとぷいと顔をそむけられた。溜息を吐いて立ち上がり被害状況をみると、見事に部屋の壁がぶち抜かれていた。


「これ、誰が直すのか考えたことある?」
「うるせえ」
「あんなことしても、何の意味もないのに」


私は振り返ってそう言うと、彼はしかめっ面をした。傷だらけの身体。まあ、大方自分で転んだりしてついた傷だろうけど。親父が直接つけた傷ではない。


「部屋の修復はあとで頼みに行くとして、とりあえず傷の手当てしにいこう、エース」
「別にいらねえ」
「いいからほら、立って」
「いらねえって言ってんだろ!」


突然吠えた彼に私はひゃっと首を竦める。なんで私が怒鳴られなきゃいけないのだ。理不尽だ。私がいない間に勝手に彼の面倒係を決めて私に押し付けてきたマルコ隊長が憎い。


「俺の事は放っとけ」
「そう言われても、私の仕事はエースの面倒見ることだし」
「だから、それがいらねえって言ってんだろ」
「駄々こねないでよ。まったく、もう」


未だにこちらに背を向けて寝っ転がったままのエースの背中に呼び掛ける。


「そんなところでふてくされててもしょうがないよ。それにもうすぐご飯の時間だし」
「…」
「エース、行こう」


エースはそのままだったが、やがてのっそりと起き上がった。私はほっとしてこっちだよ、と言うと仏頂面のまま彼は付いて来た。


医務室に付くと、丁度ナース達は出払っていた。親父の検診だろうか。エースを近くの椅子に座らせて消毒用の薬品や道具を取り出した。


「ナースではないけど、簡単な傷の手当てくらいなら出来るから、心配しないで」
「別に、こんなの自分で出来る」
「そんなところで意地張らなくてもいいじゃん。ほら、手出して」


渋るエースの右腕を無理やり掴んで伸ばさせて消毒液をつけると、染みたのか少し顔を歪ませた。なんだか子供みたいでくすっと笑うと凄みのきいた声で咎められた。


「何笑ってんだよ」
「なんでもない」
「馬鹿にしてるだろ」
「してないよ」
「嘘つけ」
「…」


また拗ね始めたエースに、私はため息を吐く。本当、子供なんだから。消毒が終わって道具を片づけると、食堂へと向かった。
今日のご飯はなんだろうね、とエースに話しかけたが、何も答えてくれなかった。まだすねてるのかな、めんどくさい。私は少しそう思ったが、もちろん口には出さなかった。


「おう、遅かったな」
「エースのけがの手当てしてたの。私達のご飯まだある?」
「エースも一緒なのか?」
「うん」
「じゃあもう一つもらってくるよう頼むよい」


食堂に着くとマルコ隊長が話しかけてきた。彼は私とエースの分の食事を持ってこさせてくれた。お礼を言って私はマルコ隊長の向かい側に腰掛ける。その隣に仏頂面のエースを座らせた。


「…俺、向こうで一人で食う」
「駄目。せっかくマルコ隊長が持ってきてくれるよう頼んだんだから、ここで食べよう」
「…」
「エースが皆と食べるようになるなんて、やっぱ世話係をなまえに頼んで正解だったよい」
「…俺やっぱりあっちで」
「エース」


隊長の言葉にさらに目付きの悪くなったエースを宥めすかして、それからマルコ隊長を睨むと隊長は肩をすくめた。余計な事言わないでくださいよ、そう目で訴えると、悪かったとこれまた視線で返してきた。


「今日はどの部屋を壊したんだよい」
「多分4番隊の隊員の誰かの部屋。サッチ隊長に後で伝えておいてもらえますか」
「ああ。…片付け、もちろんお前も手伝えよ、エース」
「なんで俺が片付けなきゃなんねーんだよ」
「エースが壊したからでしょ。それに、マルコ隊長はエースより年上だし、目上の人なんだから、そういう言葉遣いは良くない」
「言葉遣いうんぬんは別にいいよい、俺はそういうの気にしねぇから。というより、この船の誰も、気にしてねぇよい」
「でも、マルコ隊長」
「なんだったらお前も敬語なんて使わなくていいぜぃ、なまえ」
「…それは、難しいです」
「そうかい」


マルコ隊長はおかしそうに笑った。エースは相変わらず仏頂面だったけど、ご飯はぱくぱくとたくさん食べていた。船を壊してご飯はいっぱい食べて、この少年は内部から白ひげ海賊団を壊していくつもりなのか、少し本気で訝った。
隊長は先に食べ終わって席を立った。それから少し経って、まだ食べたりなさそうにしているエースを引っ張るようにして食堂を後にした。


「ねえ、エース」
「なんだよ」
「どうして親父を倒したいの?」
「そんなの、俺が男だからだ」
「どういうこと?」
「自分より強い奴を倒してさらに上へ行くのが、男ってもんだろ」


エースはそう言い切った。彼にとっての武士道と言うか信念なのだろう。だけど、私は違う、と思った。


「私は、マルコ隊長や親父みたいに、全てを許して笑える人を、男だと思うよ」
「…なんだ、それ」
「強いことも大事だけど、それ以上に、どんなことでも許して笑ってしまえる、そんな心の広さを持っている人こそが、男で、カッコイイ人だと、私は思うよ。私だけじゃない、この船に乗ってる人は、みんなそう思ってる。みんな知ってる」
「…」


エースはさらに仏頂面になって、何かを考えだした、気がした。
私は、仕事は増えるし問題ばかり起こすしでエースにいつも腹立っていたけど、彼の事を何故か嫌いになれなかった。だから、少し微笑んで言った。


「行こう。エースが壊した部屋、直しに行かなきゃ」
「…ああ」
「あと、サッチ隊長にも、ちゃんと謝ろうね」
「………謝るのは、苦手だ」
「大丈夫、私も一緒に謝るから」
「そういう問題じゃ…」
「大丈夫、大丈夫」


私はさっきより少し軽やかな足取りで、壊された部屋へと向かった。振り向かなかったけど、エースの仏頂面も、少し明るくなった気がした。
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