昼下がり、春は来訪を告げる

とても強い風が吹いていた。
朝からつけっぱなしにしたままのテレビに映るつまらないバラエティ番組をコーヒーを啜りながらなんとなくぼーっと眺めていた時のこと。ガサリと音が聞こえて窓の方を見ると、見慣れない何かがベランダに転がっているのが薄いカーテン越しに見えた。
鮮やかな色をしたそれは、風の音に合わせて形を変えベランダを端から端へと移動する。赤と青が混ざり合う様にふわりと浮かび上がり、そして風がやむ音とともに着地した。
おそるおそる窓に近付きカーテンを開けると、そこにあったのは一枚のスポーツタオルだった。

「なんだ、タオルか」

一体何が舞い込んできたのかと警戒していた自分がなんだが恥ずかしく思えてきた。きっと近くの家で干していた洗濯物が風に飛ばされて我が家へとたどり着いたのだろう。これだけの風だ。しっかりとめていても飛んで行ってしまうことはあるだろう。カラカラ…と音を立てて窓を開け、タオルを手に取った。
ふわりと柔軟剤の良い香りが立つ。あまり使い込まれていない綺麗なタオルだ。何かのイベントの記念に買ったものだろうか。持ち主に返してあげたいが、一体どこの家から飛んできたのかは皆目検討がつかなかった。

困ったなぁと溜息をつきながら部屋に入ろうとした時、階下から「すいませーん」と誰かの呼び声が聞こえてきた。
ベランダの向こうを見ると、男の子が一人、家の前の道路に立っている。彼は再び声を張った。

「それ、俺のなんです!飛んでっちゃって、すいません」

私は手元のタオルと、それから階下の彼を見比べた。道路を挟んで向かい側にあるアパー
トに住んでいる彼のことは何度か見かけたことがあった。
顔に傷のある男の子。声を聞くのは多分初めてだ。ガタイも良いためちょっと怖い子なのかと思っていたけれど、イメージと違い随分と礼儀正しい子だった。

「わかった、渡しに行くね」

返事をしてから、何も考えずにタメ口を使ってしまった自分を恥じた。見た目から勝手に年下だと決めつけたけれど、実際はどうか分からない。
話したことはないがお互い顔見知り程度で会釈くらいはするご近所さんだ。失礼な態度を取ってしまったことを悔やんだけれど、彼は特に気にしていないようだった。

「いや、俺が行きます」
「でも…」
「そこで待っててください!」

そう言って彼は私の住むマンションのエントランスへさっと入って行った。場所、分かるのかな…と考え始めたところで、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
扉を開けると、ついさっきまではベランダ越しの届かない距離にいた男の子が、目の前に立っていた。
タオルを手渡すと彼はぺこりと頭を下げた。

「すいません、ありがとうございます」
「ううん、大丈夫だよ」
「今日こんなに風強いなんて知らなくて、うっかり洗濯物干しちゃってて」

外で見かけた時から思っていたけれど、背はそれほど高くないのに随分とがっしりした体をしているな、と改めて感じる。人に好感を与えるさわやかな笑顔は人懐っこさがあった。

「お騒がせしてすいませんでした、それじゃあ…」
「ねぇ、待って。良かったら、お茶でも飲んでいかない?」

他人と話すのが久しぶりだった。それは果たして、言い訳になるのだろうか。
話した、というほどの会話の量ではないけれど、さっきまでずっと部屋に一人でいたせいか、なんだかもう少しだけ誰かと喋りたいという思いが芽生える。
そして、私はつい、反射的に彼の腕を掴んでいた。

再度頭を下げて帰ろうとしていた彼は驚いた様子でこちらを見つめている。やってしまった、と急激に冷静になり慌てて謝ろうとした。
しかし、私を見る彼の目が困惑と期待に揺れていることに気付いてしまう。

「……話し相手が、ほしかったの」

それは咄嗟に思いついた口実だったが、事実でもあった。
だって私は最初から、この男の子のことを知っていたのだから。
道端ですれ違う男の子が、私の後ろ姿を目で追っていることに。視線に情欲の熱がこめられていることも。ベランダからこちらを見上げる彼の頬が僅かに赤らんでいたことも。ちゃんと全部、知っていた。

寂しくて、魔が差した。

私の行動原理はただそれだけ。ちょっとした刺激がほしかった。若い男の子からの好意に浸ってみたかった。そのチャンスがここにあった。それだけ。

「…じゃあ、少しだけ」

彼は玄関へと足を一歩踏み入れる。廊下には、リビングのテレビから聞こえる乾いた笑い声が響いていた。




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