通り雨


簡単な傷の手当くらいなら、医療の知識が無くたってできる。それも、一人で生きていくための術の一つだった。医務室にある道具を借りてテキパキとシャンクスの傷の手当をすると、彼は感心したように私を眺めた。


「手際が良いな。看護師でもやってたのか?」
「私はただの踊り子よ。他の職に就いたことは無いわ」
「傷、手当してくれてありがとう」
「…私、カバンを取り返してきてなんて頼んでないわよ」
「あぁ、頼まれてない。俺がやりたくてやったことだからな」


シャンクスは笑いながら私の頭を撫でる。彼の言葉は、まっすぐでまっさらで、嘘や偽りが一切入っていない。誇張も無く卑下もしない。見返りも求めない。本当に「やりたいからやっただけ」なのだろう。その純粋な厚意が、私の心を鈍く蝕んでいく。彼の顔を直視する勇気がなく、私は目を逸らして彼の手を払った。


「そういうの、やめて」
「ん?」
「…貴方のペースに乗せられている自分が、嫌になる」
「なんだそりゃ」


荷物も取り返した。あと二日で、この船と海賊達とも別れることになる。私は再び踊り子として各地を飛び回る生活に戻るのだ。
それなのに、こんな感情を抱いてしまったら、また私だけが置いてけぼりになる。彼らはいつだって広い海で生きていて、私がいる小さな世界なんてきっとすぐに忘れてしまう。思い切って私も海へと飛び出してみたけれど、現実はそんなに甘くない。再会できたとしても、一度離れてしまった距離は縮まらないし、同じ時間軸にとどまっていられるはずも無いのだ。

シャンクスは困ったようにため息を吐いて、再び私の頭に手を乗せた。振り払う気力もなく、為すがままにしていると、今度はゆるく抱き寄せられる。ふわりと香る彼の匂いに、鼻の奥がツンと痛むような気がした。


「調子に乗らないで」
「調子にのってるか、俺?」
「誰の許可得て私に触ってるのよ」
「俺が触りたいと思ったから抱きしめただけだ。誰の許可も得てねェよ」
「…傲慢」
「海賊だからな」


頭上から笑い声が聞こえる。そうだ、彼は海賊なのだ。離れようと肩を押すと、思ったよりも簡単にシャンクスは体を引いた。しかし一歩後ろへ下がる前に手を取られ、そして一瞬の隙をつくように彼は体をかがめて私の唇を奪った。


「っ、シャンクス」
「ダメか?」
「嫌なの」


無理やりキスしたくせに、彼は私を気遣うような優しい声色と視線で私を見つめていた。もう一度肩を押して距離を取り、今度はちゃんと離れてくれたようで安全なパーソナルスペースを確保してから、私はもう一度呟いた。


「もう、嫌なの。海賊の男は、嫌いだから」
「ユウリ」


彼に名前を呼ばれるとひどく心地よい気持ちになることに気付いてしまった。だからこそ、私は振り返ることは出来なかったし、早足で部屋から出て行った。これ以上、不毛な感情が大きくなってしまったら、私一人ではどうすることも出来なくなってしまうから。



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