たかが約束



気が付いたら眠ってしまっていたみたいで、肌寒さにようやく私は目を覚まして、周りを見回し自分が今どこにいるのかを思い出した。そうだ、私、あいつらに追われて、それで………。


「ようやく起きたか」


突然かけられた声にビクリとして視線を上げると、そこにはシャンクスがいた。
窓からは月明りが差し込んでいた。もう夜になってしまっていたようだ。私はどれくらい寝ていたのだろう。いくら傷の手当をしてもらったとはいえ、海賊の船で無防備に寝てしまうなんて…。


「俺が来たのはついさっきだ。随分と疲れてたみたいだな。飯、ユウリの分も取っておいてあるから、食欲あるなら持ってくるが…どうする?」
「………食べたい、わ」
「そうか!じゃあ今から持ってくる。待ってろよ」


シャンクスは笑顔でそう言って部屋から出て行った。一体何が彼をそんなに湧き立てるというのか。
体のだるさは大分消えていた。左腕は相変わらず痛みがじゅくじゅくと疼いていたが、耐えられるレベルではあった。
私は部屋を出て甲板を目指した。船内のどこからか宴をする声が聞こえたが、見渡す限り人は見えずどこにクルー達がいるのかは分からなかった。

月が綺麗な夜だった。故郷の島を思い出す。あの島を出てから随分と経った。一人で生きていける自信がようやく付いてきたころだったのに、その慢心が今回の件に繋がったのだろうか。ため息を吐くと、ここにいたのか、と後ろからシャンクスの声が聞こえた。


「部屋で待ってろって言ったじゃねぇか」
「そうだったかしら」
「全く。気まぐれなお姫様だ」


やれやれと言ったようにシャンクスは首を振って持ってきた食事を渡してくれた。私は床に座り込んでそれを口にした。もう、彼らを疑う気は無かった。毒が入っていてもしょうがないとすら思えた。一口食べると、自分の空腹をようやく自覚し、あっという間に用意された食事を平らげてしまった。


「思ったよりも良い食いっぷりだな」
「一日ぶりの食事なの。全く、とんでもない目にあったわ」
「それはこれと関係があるのか?」


彼は私に一枚の紙を手渡してきた。どうやら手配書のようで、私の写真と金額が載せられていた。思わず舌打ちをする。この短時間でこんなものまで作るだなんて、そんなに私に執着するのかと呆れてしまう。


「あのジジイ………」
「これ、どう見てもユウリだよな?」
「そうよ。……私、コイツの船でショーをする予定だったの」


食事をとって余裕の出てきた私は、事の経緯をシャンクスに説明することにした。

この島から出る大型クルーズ船で行われるショーの踊り子として私は乗船するはずだった。世界の著名人が多く乗ると有名なクルーズ船であり、私の人生にとっても大きな意味を持つ仕事になる予定だった。しかし、いざ雇い主である船のオーナーに挨拶にいくと、彼はどうやら私を愛人にすることが目的だったようで、踊り子としての仕事を餌に関係を迫ってきたのだ。私はあくまで自分の技術だけで食べていくことに誇りを持っていたし、今までもそういった誘いは全て断ってきた。だから今回も丁寧にお断りをし、惜しくはあったがこの大仕事も諦めることにしていた。しかし、船のオーナーは私を諦めずしつこく迫ってきて、私が明確な拒否をすると今度は実力行使へと切り替えてきた。
シャンクスと会ったときに私を追っていた二人組の男は、オーナーに雇われた殺し屋二人組であり、私は一日中姿を隠しながら逃げ回っていたのだった。


「五日後にはここに海軍船が来ることになっているの。昔の知り合いもいるし、それまで逃げきれれば私の勝ちだわ」
「何?海軍だと?」
「そうよ。さすがに海軍相手であればあの男も手出しできないはずだわ…」


海軍の知り合いにどうにか連絡を取り、とにかく船が島にやってくるまでの五日間捕まらなければどうにかなる算段はつけていた。


「そうか…お前はあと五日間逃げきれればいいのか」
「ええ。島のはずれの宿屋に身を隠せば五日間くらい訳ないわ」
「……むしろ、この船にいる方が安全じゃないか?」
「…はぁ?」


シャンクスの提案に私は眉をひそめる。この海賊船が、安全とはどういう意味なのか。


「手配書なんて出すくらいだ。いくらはずれにある店って言っても、安心出来ねぇだろ?その点、この船ならまさかユウリが海賊船に乗ってるだなんて誰も思わないだろうし、そいつらからは安全に身を隠せると思うが、どうだ?」


確かに、理にはかなっていた。一般人の私が、まさか四皇の海賊船に乗っているとはきっと誰も思わないだろう。私だってそんな考えは無かった。


「でも……」
「お代なんて請求するつもりはないさ」
「…海賊の言うことなんて信じていいのかしら」
「俺たちの船もあと五日でログが溜まる。お前を海軍船に乗せたら、そのまま島を離れるさ。その時に、俺達が無事に船を出すまでちょっかい出さないようにちょーっと言付けてくれるなら、お互い悪くない相談だと思うんだが」


悩んだ末結局、またシャンクスに押し切られるようにその提案を飲むことにした。私にとって不利になるような内容ではなかったし、ちゃんと部屋も一つ与えてくれるという。
海賊の親切ほど信用ならないものはないと、昔故郷の恩人に言われたことがある。しかし今の私が縋れるものは、目の前にいるこの男の言葉だけであることは明白だった。


「また貴方に貸しを作ることになるのね」
「そう悲観的になるなって。楽しい五日間にしようぜ!」


彼の能天気な笑みは、私の気持ちを少しだけ軽くさせるような気がした。


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