通り抜けた風


足が何度ももつれそうになる。もう走るのも限界だ。細い路地に入ると、あちらこちらに捨て置かれた木材や木箱が置かれていて、不幸中の幸い、私にとっては格好の足場となってくれた。それらの障害物を軽いステップで越えて行き、どうにか奴らとの距離を離す。
私を追う二人組の男はどうやら障害物に手間取っているようで、これなら彼らを撒けるかもしれないと希望が湧いてきた。そして路地を抜けた時、ちょうど脇の建物の上から突然ドンッと男が一人降ってきた。
奴らにまだ仲間がいたのか。この距離だと、私の体力的にも、もう逃げるのは厳しいかもしれない。息をのんで降ってきた男を睨みつけたが、彼はケラケラと楽しそうに笑っていた。


「随分と綺麗な走り方をするんだな、お嬢さん!まるでダンスみたいだ」
「……貴方も、追手のひとり?」
「追手?あぁ、後ろの二人組のことか。いいや、あいつらとは無関係さ」


追ってきた男達とは少し違った雰囲気を持つ男だった。マントを羽織った大柄な男は、腰に剣を差しており、顔についている大きな傷からも明らかにカタギの人間には見えなかった。
追手とは関係ないかもしれないが、私の敵ではないとは限らない。私は後ろをちらりと見る。すぐそこまで追手は迫っており、目の前の男の横をすり抜けるように駆け出した。


「貴方に構っている時間は無いの、そこどいて!」
「あっ、おい」


掴まれそうになった腕を避ける。こんなところで捕まるわけにはいかなかった。私は一目散に走り出したが、後ろから突然私を追っていた男たちの「ううっ!」「うわっ、おい、なんだ!」という悲鳴が聞こえて何事かと走りながら振り返った。
すると、地面に倒れた二人組の上にどかりと乗っかるマントの男がおり、笑いながら私を呼び止めた。


「なぁ、こいつらがいなければ逃げる理由もないだろう。良かったら、少し俺と話をしないか?」
「……はぁ?」


私が数メートル走った一瞬の間に、この男は追手の二人組を倒したというのだろうか。片方は泡を吹いて気絶をしている。もう片方も頬が思いっきり腫れており、戦意喪失といった顔で呻いていた。
このまま走り去ることも考えたが、これだけ素早く動けるこの男から果たして逃げることは可能なのだろうか。私は静かにゆっくり後ろに下がりつつ、男を見つめた。
顔の傷………、何処かで見たことがあるような気がしなくもなかった。私を追っていた男達二人組は、賞金稼ぎとしてそこそこ名の知れた者達だったはずだ。そんな彼らがすぐにやられるだなんて…。


「俺は別に、危害を加えようなんて考えちゃいないさ」
「…さあ、どうかしら。突然現れた剣を持った男を信用しろって言う方がおかしな話でしょう」
「そうだなァ…でも、もうこいつらは倒したんだし、急ぐ理由も無いだろう?」


困ったように男はそう言った。本当に危害を加える気はないように見えた。手をパンパンと払いながら立ち上がった男は、ゆっくりと私に近づいてきた。
その立ち姿に、ようやく私は記憶にある一人の男の顔が思い浮かんだ。


「貴方………、赤髪の、シャンクス?」
「おお、俺を知っているのか」


笑顔でそう答える男は、確かに昔見たことがある手配書にあった顔とそっくりだった。恐ろしい額の懸賞金。四皇と呼ばれる海賊。私は血の気が引いていく思いだった。最初に追われていた男達よりも厄介な人物に出逢ってしまったことをようやく理解する。
私は慌てて逃げようとしたが、既に彼は目の前にいて、ぱっと腕を掴まれてしまった。私は思わず「ひっ」と悲鳴を上げてしまい、それを聞いたシャンクスは「悪い!」と謝って私の腕を離してくれた。


「悪い、脅かすつもりはなかったんだ。そうだよな、さっきまで男達に追われてて、そんでまた俺みたいなのに掴まれたら、そりゃあ怖いよな…」


彼は本気で私を心配しているように見えた。なんだか調子がくるってしまい、何も言えずにいると、彼が私の腕を指さして「怪我、大丈夫か?」と聞いてきた。自分の左腕を見てみると、いつの間にやら怪我をしたのか、ぱっくりと皮膚が裂けており、血がドクドクと流れていた。途端、痛みを感じ始める。指摘されるまで、自分が怪我をしていることにも気付かなかったなんて。そういえば、追手の片方が投げたナイフが掠った記憶がある。あの時は掠っただけだと思っていたが、実際はこんなにも大きく傷がついていたなんて。
私は着ていた服の一部を急いで破いてとりあえず止血をしようとした。自分が走ってきた跡を見ると、確かに血が垂れていて既に結構な量を失血していたようだった。


「なあ、お前、それ結構ヤバいんじゃないか?」
「…だったら何よ。海賊の貴方が、助けてくれるのかしら」


私は強がるようにそう言った。応急処置すらもままならず、腕に巻いた布切れは既に真っ赤に染まっていた。シャンクスは、ため息を吐くと突然ひょいっと私を抱き上げて歩き出した。いきなりのことに私は何が起きたか理解できず、ただ浮いた体の不自由さに顔を歪ませた。


「え、えっ?」
「俺達の船も近くにある。傷の手当くらいすぐ済むさ」
「ちょっと!私、貴方に手当してもらうなんて言ってないわよ!」
「訳アリなんだろ?街に戻って、医者に行けるのか?」


怪我のせいで力が入らないのか、それとも彼の力が予想以上に強いからか、私は横抱きにされた状態から全く動けずただ彼に運ばれるままだった。
確かに、彼の言うことは図星だった。このまま街に戻っても、あの二人組を雇っていた連中は私を探しているだろう。無事に病院までたどり着ける可能性だって低かった。しかし、だからといって見ず知らずの海賊の男に船まで連れて行かれるのと、果たしてどちらが危険の度合いとしては高いだろうか。

しかし結局動けない私は、気付いたら彼の大きな船の中に連れて行かれてしまった。





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