あの海の向こう


「触ら、ないで」
「あぁ…」

背けた顔は簡単に彼の手によって向き直され唇に甘く優しいキスを落とされた。触れ合った肌から体温が混ざり、私の口から零れた意味のない拒絶の言葉はベッドから転がり落ち暗闇へと解けるように消えていく。
私を襲おうとした男達の去った部屋で、私を助けた男と体を重ねているのはなんと滑稽な状況だろうか。気が付けば、私は自分からシャンクスの首に腕を回し口付けをせがんでいた。星明りが時折シャンクスの鋭い眼光を部屋の中に浮かび上がらせて、いつもの優しいまなざしではなく雄の荒々しさを感じさせる瞳が私の思考回路をぐつぐつと煮立たせる。

「シャンクス、っ」
「どうした、痛いか?」
「ううん……もっと、強く」

私がそう呟くと彼は噛みつくようなキスと共に激しく腰を打ち付けた。この荒波に、体だけじゃなく心も飲み込まれてしまえればどんなにいいだろうか。私は彼の名前を呼びながら果て、そしてそのまま深い眠りの底へと落ちていった。



目を覚ました時、部屋には私一人きりだった。すべてが夢のようにも思えたけれど、べたつく体や乱れたシーツが、それが現実に起きた出来事だということを示している。
シャンクスは部屋のどこにもいなかった。そういえば、今日が出航の日だ。脱力した体からため息が漏れ出ていく。別れの挨拶くらい、してくれてもいいのに。
自分から船を出て行ったくせにいざ彼の方からこうして立ち去られてしまうと急に寂しさが胸に溢れて、なんだか悔しいようなやるせない気持ちになった。あまりにもあっけない幕引きに私の感情は置いてけぼりになったかのように虚しさが胸を覆う。
重い体をどうにか起き上がらせ、のろのろと立ち上がり浴室へと向かう。私を迎えに来てくれる海軍船ももうそろそろ港へ着く頃だろう。感傷に浸る暇などない。手早くシャワーを済ませた私は荷物をまとめて宿を出た。


私を追っていた連中は恐らくもう襲ってこないだろう。そう分かってはいても街の大通りを歩く気にはなれなかった。裏道を抜けて海岸へと向かう。なんだか感傷的な気持ちになってしまう。この島へ来てからの数日間が頭の中を駆け巡り、シャンクスの声や体温が思い出されて胸をざわつかせた。

海賊の男なんて、もう二度と好きにならないと決めたのに。

そこまで急ぐ必要は無かったが頭の中から雑念を払いたくて、私は無意識のうちに駆け出していた。そしてちょうど、初めてシャンクスと出会った路地裏にさしかかったところで足元の小石に躓いて私は地面へとダイブする。
運動神経には自信があった。こんな風に転ぶなんていつぶりだろうか。重力に引っ張られ落ちていく数秒間が妙に長く感じられた時、私の体は固い地面ではなく温かい誰かに支えられていた。

「あっと、危ねぇな。怪我はないか?」
「……シャンクス…!」

聞き慣れた声に涙腺がゆるむ。顔を上げると、そこにいたのは今朝部屋から消えたはずのシャンクスだった。

「どうしてここに…」
「船を海軍が来る港とは反対側に移動させてたんだ。まさかまたここでユウリに会うとは思わなかったな」

私の手を握りながら快活に笑うシャンクスを見て私は戸惑うばかり。一体どういうことなのだ。彼は私を置いて出航したのだと思っていたのに。もう二度と会うことはないと、挨拶も無しにいなくなったことを恨む気持ちさえあったのに……。
そんな私を見て、シャンクスはようやく私の困惑を感じ取ったようだ。体をかがめて私の顔をじっと見つめ、そして大きな手が優しく包むように頬を撫でた。温かい手が、私の強情な心を溶かしていく。思わず零れてしまった涙のせいで、胸の中が嵐のようにき乱された。

「海賊なんて、大嫌い」
「ユウリ?」
「どうせシャンクスだって、私のことを置いていくんでしょう。海で生きる貴方達はすぐに私のことなんて忘れてしまうくせに!それなのに、こんな風に振り回して、私ばっかり苦しくて切なくて、どうしようもない想いを抱えて……っ!」
「一体誰の話をしてるんだ」

感情のままぶつけた言葉は、途中で彼の唇によって遮られてしまう。シャンクスは私の口を塞いだあとにそう問いかけてきた。ぽろぽろと零れる涙が風に乗って海へと運ばれていく。

「なぁ、ユウリ。お前はどうしたい?」

シャンクスの指先が優しく目尻を拭った。じっと大きな瞳に見つめられて、私は思わず視線を逸らしてしまった。
私は、どうしたいのだろう。心の中で自問自答をする。

もしもあの時、私も海へ連れて行ってと言えたのなら、今とは違う未来が訪れていたのだろうか。
未練なんてもう枯れ果てたつもりだったけれど、それだけがどうしても心の中で引っ掛かっていたことを今更自覚する。生まれ故郷の島を出ることなど想像だにしていなかったあの頃の私が、今じゃこうして色んな島を渡り歩いて身一つで生きているだなんて、人生とは分からないものだ。
誰かと一緒にいたいと思うこと。先の見えない海へと飛び込んでいくこと。それは、あの頃の勇気のない私が選ぶことのできなかった未知の未来へとつながっていく。

「私を、貴方の船に乗せて」

呟いた言葉は僅かに震えていた。それでも、ゆっくりと視線を彼へと戻し、私は強く手を握り返した。

「シャンクスと一緒に、海で生きていきたい…!」
「あぁ、行こう」

私の言葉に、シャンクスは間髪入れずに返事をくれた。そして私達は再び唇を重ね合う。
好きになってしまったのだ。この気持ちに嘘はつけない。もう二度と後悔をしたくない。溢れる気持ちをシャンクスは全て受けとめて、そして優しい口付けで返してくれた。彼の逞しい腕によって軽々と抱き上げられた私は、そのまま彼の首に両手を回して躊躇うことなく抱き着いた。

「急ぐぞ、出航はもうすぐだ。そもそも、おれはお前を迎えに宿まで戻る途中だったんだが」
「そうなの?てっきり、私を置いて出て行ったのかと…」
「誰がいつお前を手放すなんて言った?欲しいモノはなんとしてでも手に入れるのが海賊さ」

海へと駆け出したシャンクスを強く抱きしめる。私のこと、離さないでね。そう心の中で呟いたつもりだったが、彼は「お前がイヤって言っても絶対離してやるもんか」と返し少年のような悪戯っ子の笑みで私のおでこへと唇を寄せた。


 


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