あなたのとなりで


「あれ、二人ともどうかした?」
「な、なんでもないよ!片付け、頑張るね!」
「……」


結局私は船長に懇願してようやく渋々だが腕を離して解放されて、少し離れたところで心臓を落ち着かせているとベポがドタドタと書庫へと戻ってきた。
ベポはなんだか微妙な距離感を保った私達を見てそう聞いてきたが、私は笑って誤魔化した。船長は私のことをジロリと睨んだようにも見えたが、小さくため息を吐いてベポの手伝いをしはじめたので私はほっと胸をなでおろした。

しばらくして船長は他に用事があるとかなんとかで、書庫をあとにした。去り際、ベポの目を盗んで私の耳にかぷりと噛みついて「今晩、俺の部屋に来い」と囁くから、私の顔はまた茹で蛸みたいに真っ赤に染めあげられて、ベポにどうしたのかと心配されてしまった。


それから夜までずっと、私は挙動不審だったと思う。船長のことをちらりとでも脳裏に思い浮かべると、途端に顔に熱が集まってしまう。口数も少なく物を落としたり何もないところで躓いたり、明らかに様子が変な私を見てクルー達は私が風邪でも引いたんじゃないかと心配してくれた。
夕食後にペンギンが、「具合が悪いなら船長に見てもらった方が良いんじゃないか?」と聞いてくれたが、船長という単語自体が私の挙動不審の引き金になっているわけで、私は慌てて首をぶんぶん振って、「大丈夫!」と大声で言って自室に引き上げることにした。

お風呂に入って少しスッキリしたところで、時計を見上げた。これはもう、「今晩」と言っても差し支えない時間だと、思う。
船長は私を部屋で待っているのだろうか。「好きだ」と言ってくれた船長。疑うわけじゃないが、あまりにも自分に都合の良すぎる展開過ぎて、幻想を見ているんじゃないかと不安になってしまう。
私は部屋で心臓が落ち着くのを待ってから、そろりそろりと船長の部屋を目指した。途中でクルーの誰かに会ったらどうしようかと心配したけれど、誰にも会わずに扉の前に着いて、私は深呼吸をした。
ノックをしようとした瞬間に、扉がガチャリと開いて、目の前には船長が現れた。


「あっ…」
「………遅い」


不機嫌そうな顔と声。扉の目の前にいた私に少しびっくりした様子の船長は、そう呟いて私の手を引いて部屋へと招き入れた。「お邪魔します」と入ると、ベッドに腰かけた船長の隣に座れとジェスチャーされて、正直もう少し距離を取りたい気持ちだったが、空気を読んで逆らわずに隣にちょこんと座ることにした。
私が素直に従ったことに少しだけ気分を良くした船長は、「こんな時間まで何してた」と先程よりは不機嫌度が下がった声で聞いてきた。


「何ってほどでも…。私、お部屋に来るの、そんなに遅かったですか?」
「遅すぎる。また寝ているのかと思った」
「ご、ごめんなさい…」
「………もしくは、また逃げられたのかと」


船長はふいっと私とは反対方向を向きながらそうぶっきらぼうに呟いた。耳が少し赤くなっている。
私は当然船長の言葉や行動でいっぱいいっぱいになってしまうが、もしかしたら、船長だって私ほどじゃないにしろ、緊張したり照れたり、しているのかもしれない。
そんな考えに思い当たると、少しだけ緊張していた気持ちが楽になって、そっぽを向いてしまった船長の背中にそっと手を当てた。


「船長」
「…あぁ」
「私を、この船に乗せてくれて、ありがとうございます」
「今更、なんだ」
「嬉しいんです。こうやって船長の近くにいれることが。船長がそれを望んでくれることが」


言い終えると同時くらいに、船長はこちらを向いてくれて、そして優しく抱きしめてくれた。心臓は相変わらずうるさかったけど、苦しさは無かった。


「……もう、逃げるなよ」
「極力、頑張ります」
「……」
「だ、だって、私にも心の準備が…」
「おれは、もう待てねェんだよ」


顎にそっと指が添えられて上を向くと、船長と目が合って、その瞳が少しギラリと光ったように見えて、心臓がきゅんと鳴る。
船長は、いつから私を好きでいてくれたのだろう。私は、気が付いた時にはもう、好きになってしまっていた。船長は私の何処を気に入ってくれたのだろう。


「早く全部、おれのモノにしちまいたいな」
「私はもう全部、船長のものですよ?」
「………意味も分かってねぇくせに、お前は…」


船長は苦い顔をしてそう言った。船長の言う「意味」とは…。私の命は、この船の、船長だけのものなのに。私が首をかしげると、更にぎゅっと抱きしめる力を強くした。


「覚悟しとけよ」
「…?」
「おれに愛されるっていうのがどういうことか、体に教え込んでやる」


その言い回しは、なんだか……。頬が熱くなる。私が赤くなったのを見て、船長は満足そうに笑っていた。
船長の腕の中は温かくて、幸せだった。船長の鼓動を聞きながら、船は静かに海を進んでいく。この海で、今、一番幸せなのは私だろう。そして、船長の隣にいる限り、私はきっと、ずっと、一生幸せであり続けるのだろうと思えた。

 
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