月はほとんど雲に隠れていて僅かな明かりが夜空に滲んでいた。甲板からは賑やかな声が聞こえる。
昼間から開かれていた宴は、長いこと船を離れていたクルー達の帰還を労うためのものだった。それなのに、主役と言っても過言ではないこの人はいつの間にかみんなの輪から消え、探しに来た私を人気のない通路の暗がりにひっぱり込みやや乱暴な動作で壁際へと押し付けていた。

「ちょ、マルコ…」
「抵抗すんな」

僅かばかり体を揺らすが股の間に入ったマルコの長い脚のせいで少しも動くことが出来ない。胸元を押し返した手をあっという間にひとまとめにされて、苛立ち交じりの声が耳に落ちる。
いつもよりもずっと低い声。荒い息。余裕のなさそうな表情がやけに扇情的で、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
 
この船に乗っている時間も、仲間たちからの信頼の厚さも、戦いでの強さも、年齢も、私は何もかもこの人には敵わない。それなのに恋人という関係は、私が彼と対等な人間なのだと烏滸がましくも錯覚させる。
ずっとずっと焦がれていた。私の気持ちは、多分私が思うよりも周囲にダダ漏れだったはずだ。そんな幼稚な私の恋心を、マルコは邪険にすることも適当にあしらうこともなく、真正面から受け止めてくれた。
それでも、奇跡的に報われたとは言え、彼の私への気持ちのベクトルはきっと私が想う気持ちの何分の一にも満たないはずだと高を括っていた。見た目も中身も子供である私の駄々に付き合ってくれただけだと、そう予防線を張ることで私は自分がこれ以上この人に溺れてしまうことを無意識のうちに避けようとしていたのだと思う。
だから、付き合いはじめてから、マルコが思ったよりも情熱的で、私をちゃんと一人の人間として、女の子として求めてくれることに本当に心底驚いた。大切には扱ってくれるけれど子供扱いはしなくて、キスさえも初めてで男女交際の経験など何もない私を気遣い優しくリードしてくれたけれど、決して遠慮や躊躇することなく、思いが通じ合ってからたったの数日で(私にとっては想定外すぎるスピードで)マルコは確かに私を抱いたのだった。

船内のど真ん中、誰が通るかもわからない廊下の端っこで、私の体を壁に押しつけて貪るようなキスをするマルコに力で適う筈もなくただただ翻弄される。
最初に抱かれたときに比べたら、私も随分慣れてきたとは思う。とはいえども、どちらかの部屋とかそういう宿屋以外でこんな風に求められるのは初めてで、慣れてきたと思ったキスでさえ呼吸も上手くできずにいっぱいいっぱいになってしまう。
マルコとのキスは、なんていうか、マルコもちゃんと男の人で、そして彼が私のこと女の子として見てくれているのだと言うことを分からせてくれるような、そういう強引さがある。私のことを心から好きだと思っていることをキスの合間の吐息が語ってくれるような、そんな感覚。抵抗するポーズを取ってはいるけれど、久しぶりのキスが気持ち良くて内心もっとしてほしいなんて欲張りそうになる私のことを、マルコは気付いているのだろうか。
いつもよりも荒々しくてまるで食べられてしまうようなキスに、段々と彼の身体を押しのけようとする腕から力が抜けていく。
それでも、キスだけじゃおさまらずに服を脱がしにかかる彼の手がお腹に触れたところで、こんなところでおっぱじめたら誰かに見られるかもしれない、という現実が不意に私を正気へと引き戻した。

「ねぇ、こんなところじゃ誰か来ちゃうかも」
「誰も来ねェよい」
「せめて部屋で…」
「……あのなァ」

キスの合間の短い会話。一度手を止めたマルコの瞳がギラリと光り、私を魅了する。彼の長い指がそっと肌を撫でる。それだけで私のお腹の奥はキュンと鳴り、近い未来に襲いくるであろう快楽を予感してしまう。

「どれだけ会ってなかったと思ってンだ」
「え?」
「もう一秒たりとも我慢なんかしたくねェ」

長いこと船を空けていた、といっても二週間にも満たないくらいだ。マルコのいない夜は確かに寂しかったけれど、同じような恋しさを彼も抱いていくれていたという事実が私の顔を一気に熱くさせた。
このまま流されたって、罰は当たらないはず。
マルコの首に自分の腕をまわそうとしたとき、すぐ近くから足音と笑い声が聞こえてきた。

「だ、誰か来る」

私達の関係は特に隠しているわけじゃない。だけど、さすがにこんなシーンを仲間に見られるのは勘弁したい。
声が近付くにつれて現実に引き戻される私は再び彼から距離を取ろうと手で胸元を押した。

「だから、もう我慢できねェって言ってんだろい」

低く唸るような声だった。顔を上げると同時に再び唇を奪われる。呼吸も出来ないくらいの激しいキス。待って、と言おうと口を開くとその分マルコの熱い舌が私のことを食べ尽すかのように口内を隈なく愛撫していく。
足音と人の声がすぐそばまでやってくる。他の人に見られてしまう。心臓がぎゅっと縮まった時、体の向きがぐるんと変わった。
そしてバタンと大きい音が響いて、どうやら背後にあった部屋の扉の中へと押し込まれたことにワンテンポ遅れて気付く。

「え、あっ」
「ここなら、文句ねェよな?」

少し埃っぽい床に、優しく押し倒される。普段は鍵のかかっている使われていない部屋だ。キスに夢中になっている間に、私の背中に回した手はこっそりとこの部屋の鍵を開けていたらしい。チャリン、と私が床に背中を付けるのと同時に鍵が転がっていく音が聞こえた。

「もしかして、最初からここに来るつもりで…?」
「いいから、こっちに集中しろ」

窓から漏れる月明りが余裕のないマルコの表情をうっすらと照らしていた。
この人にこんな表情をさせられるのは私だけなのかもしれない、なんて思うと胸が締め付けられるほどの切ない愛おしさがこみあげてくる。
自分から彼の首に腕を回すと、再び唇が降りて来る。熱くて容赦のない口付けが理性を剥がし、身を焦がすような情欲にそのまますべてを委ねることにした。





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