珍しく隊長が酔っぱらった。
肩にずっしりと重く熱い体がのしかかる。普段は守られてばかりの私が、まさか隊長を支えて歩く日が来るなんて。
甲板は屍のように床に這いつくばるクルーや空き瓶で足の踏み場もないほど埋め尽くされている。時折誰かの手や足を踏んでしまったような気がするが、呻き声が聞こえるばかりだった。下戸の私が介抱役にまわるのはいつものことだったが、普段はいくら飲んでも素面のような顔をしている隊長までもがこんな風に酔いつぶれるだなんて、一体どこでどんなお酒を仕入れてきたんだろうか。
気が付いたらゆらりゆらりと舟をこぎだしていたマルコ隊長に「大丈夫ですか」と声をかけてみた。私なんかに心配されるような人ではないけれど、随分と上機嫌に酔っぱらっていたものだから、普段は落ち着いていて隙の無い隊長のゆるんだ姿にドキドキしてしまったのは致し方のないことと言えるだろう。足元のおぼつかない様子の隊長を支える役目を買って出たときには既に大半のクルーが酔いつぶれており、私たちが席を立ったことに気付いた者は誰もいなかったはずだ。

「珍しいですね、マルコ隊長が酔っちゃうだなんて」
「あぁ…悪ィな」

心底だるそうに呟く隊長の姿があまりにも珍しいから、なんだか胸がキュンと疼いてしまう。触れる皮膚がやけに熱い。太くて逞しい腕が私の肩をすっぽりと覆っており、傍から見たら私の方がマルコ隊長に抱えられているように見えたかもしれない。
恰好良くて、強くて、大人で、頼れるマルコ隊長のこんな一面を見れるだなんて、下戸の役得だなぁと一人心の中でにんまりと微笑んだ。私が隊長に抱いている恋心と言っても過言ではない秘かな憧れが成就する見込みはなかったが、今日のように突如訪れたハプニングを楽しむくらいのご褒美は享受してもバチは当たらないだろう。

隊長の部屋まで行き扉を開けると、なんだか入ってはいけない場所へと来てしまったような背徳感がこみあげてくる。キレイに整頓された部屋の奥にある大きなベッドへと隊長を運んだあと、お水を用意してグラスを手渡した。

「面倒かけて悪かった、ありがとよい」
「大したことないですから。それに、珍しい隊長が見れてちょっぴり嬉しかったです」

私は大してお酒を飲んだわけじゃないけれど、本音をぽろっとこぼしたのはアルコールのせいだからと言い訳をすることくらい許されるだろう。へへ、と笑った私に向かって隊長はおもむろに腕を伸ばしてきた。

「なまえは、可愛いなァ」

さらりと頬の周りの髪の毛を掬われる。突然の近づいた距離にドキリと揺れる心臓。思わず後ずさってしまったけれど、隊長は構わず私のことをじっとりと見定めるように視線を投げかけてきた。

「隊長?」
「なぁ、今この部屋に男と二人きりだっていう自覚はあンのか?」
「え?」

ぐいっと腕を引かれて前のめりになる体。体勢を崩した私はそのまま倒れこみ、ベッドに腰かける隊長の膝の上に乗っかるような形になってしまった。慌てて離れようとしたけれどその前に腰にまわされた腕が私を引き寄せる。そして耳たぶに唇をくっつけるようにして低く、甘く、囁かれた。

「酔った男に密室に連れ込まれて無防備に突っ立ってたら、何されって文句言えねェぞ」

ぞわりと肌が粟立つ。何言ってるんですかと笑って返そうとしたけど、突然喉がカラカラになったみたいに声を出すことができなかった。実際、こうやって膝の上で抱きしめられているようなこの体勢は冗談にしてはタチが悪すぎる。エースやサッチならまだしも、マルコ隊長がこんなくだらないおふざけをするとも思えなかった。
だけど、じゃあ、冗談じゃないのなら一体何だって言うのだろう。薄暗い部屋、ほんのりとアルコールの匂いが空気に混じる。隊長の顔はやや赤らんでいるように見えて、それがまた私は変にドキドキさせた。

「も、もう、やめてくださいよ。びっくりするじゃないですか」

私は何も気付いていないようなふりをしてへらりと笑って見せた。向こうに戻りますね、片付けしないと。酔っぱらいの戯言には付き合わないですよという姿勢でその場から去ろうとしたけれど、腰を抱いた隊長の腕はビクともせず私はベッドから降りることすらできなかった。

「あの、隊長」
「なァ」

カサリ、と乾いた指が私の唇をなぞった。心臓が止まりかける。さっきよりも一層顔を近付けてきたマルコ隊長の瞳に私の影が映っていた。

「今ここで抱かれるのと、明日素面に戻ったおれにちゃんと口説かれるの、どっちがイイ?」
「……え」

言ってる意味がよく分からずポカンと停止した私にマルコ隊長は容赦などしなかった。あっという間にベッドの上に引き倒された私の口からは再び「えっ」という間抜けが声が漏れ出ていた。

「遅ェよい」

私の上に馬乗りになった隊長が上に来ていたシャツを脱ぎバサリと床に無造作に投げられた。ゴクリと喉が鳴る。
酔った勢いでこんなことをする人じゃないってことは、近くで見てきた私が一番よく分かっているはずなのに。どうしても現実味がなくて、この期に及んで私は「でも、もしかしたら」なんて予防線を心に張って神妙な面持ちで隊長をゆっくりと見上げた。
熱い視線。僅かに上がる口角が艶めかしくて、心臓がどうにかなってしまいそうだった。

「余計なコトいろいろ考えるのは明日の朝にしろよい」
「あ、あの」
「まァ、他のコト考える余裕なんざやるつもりねェけどな」

組み敷かれた私に逃げ場などない。目、瞑れよい。お腹の底を震わせるような囁きが全身を熱くさせた。

夜が、はじまる。







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