日曜日の昼下がり、私は最寄り駅から五つ先の大きな駅でそわそわとしていた。
 確か、この時計台の下だったはず。昨日来たメッセージを確認するのは、これでもう七回目になる。コンパクトで髪型を入念にチェックし、服を整えて大きく息を吐く。あと十分もしない内に、彼は現れるのだろう。
 ざわつく胸を抑えながら、先週買ったばかりの靴とスカートに視線を落とす。
 キョロキョロしちゃダメ。大人っぽく、レディになるんだから。何かの雑誌で読んだ安い言葉を呪文の様に繰り返して、心を落ち着かせる。
 
「おはよう、なまえ」
「っ」

 低いけれど、明るい声が私の顔を上げさせる。

「お、おはようございます!」
「悪い、待たせたか?」
「ぜっ、全然! 勝手に私が早く来ただけで……!」

 ブンブンと勢いよく首を振る私は、どんどん顔が赤くなっていく。もうすでにいっぱいいっぱいだけど、スタートが想像していたよりもずっとスマートで無いことぐらいは分かる。
 あっ、あああああ……サボさん、今日もかっこいいなあ……!
 こんなイケメンと休日にお出掛けなんて、私明日死ぬんだろうか?

「じゃあ行くか、映画何時だっけ」
「えっと、10時45分です!」
「まだ余裕あるな……、ゆっくり行こう」
「は……はい……」

 柔らかい金髪を揺らして、サボさんは優しく笑う。その顔が私にはあまりにも眩しすぎて、静かに俯いてしまった。

「あ、なまえ」
「はい?」

 やっと顔を上げて彼の一歩後ろを着いて歩き出したというのに、彼はくるりと振り向いて爽やかな笑みを見せる。爆弾が落ちる予感はしていた。

「今日の服、すげー似合ってる。可愛いよ」
「なっ、ぁ、あ、ありがと、ございます……」

 どうして、私を真っ赤にさせる言葉がそうポンポンと出てくるのだろう。彼はまた前に向き直って歩き出し、映画館で何を食べるかなんて呑気に話始めている。ほんと、私はすでにお腹一杯です。
 このイケメンな上に気配りも出来る素敵な方は、二つ年上のサボさん。近所に住む無神経大食い野郎ことルフィのお兄さんで、私の憧れの人でもあらせられる。

──今日はデート、で、良いんだよね? 

 きっとサボさんは、そう思っていないのだろうけど。
 ちらりと彼の横顔を盗み見る。映画を楽しみにしているのか、口角が上がっていた。
 私が今日、超絶ラッキーガールになったきっかけは、”期末テストでルフィに勉強を教えてもらったお礼がしたい”だなんて、嬉しすぎるメッセージからだった。
 こんなチャンス、一生に一度しか無いかもしれないと、私は”映画に付き合って欲しいです”と生意気にも返事をした。
 そしたらこれだよ。はあ…………アイスブルーのシャツにベストなんて着こなしちゃってさ。革靴だっていつもピカピカだし、髪だって敢えてセットしすぎずにラフに整えていて、かっちりしすぎてない。
 凄く、大人って感じ……。そうだよね、サボさん、もう大学生なんだもんね。

「かっこいい……」
「ん? 何がだ?」
「え? あっ、や、か、かっこいいって! と、友達が言ってたんです! 今日の映画!」
「へぇ、アクションでもあるのかな」

 楽しみだと笑った顔に、また胸が締め付けられる。ああダメだってば! 今日は大人っぽくデートしてみせるの!
 映画を見た後はオシャレなカフェでしっとりと語り合って、夕陽を見ながらゆっくりと海辺の遊歩道を歩くんだから……! 
 バッグの持ち手をぎゅっと握る。私ももう子供じゃないってアピールするのが、今日の目標です。




”ずっと、君は知らないだろうね”

 ──この世界を守っているのは、僕だってこと。

 美しい少年が、涙を流しながら眠る少年に手を伸ばす。その手の平から暖かな光が生まれ、傷だらけになりながらも安堵したように眠る彼の頭を撫でた。夕焼けが二人を儚く染め上げ、そして────……、エンドロールが静かに流れ出した。

 友達に勧められて話題の映画は、思ったより面白かった。
 それから、私は自分が思っていたより涙もろかった。

「ほらなまえ、落ち着いたか?」
「うっ…………、良い、話でしたね……!」
「まあ、悪くなかったな」
「最後、のっ、蛍くんが手を伸ばすシーンなんてもう……!」
「はははっ、また涙出てるぞ?」

 号泣も号泣、大号泣してしまった私は、大爆笑するサボさんに連れられて外のベンチへと座らされた。私が未だフィルムの中のキャラクターに思いを馳せて鼻水をすすっている内に、彼は洒落たドリンクカップを両手に持って隣へストンと腰を下ろす。

「はい、お前はオレンジな」
「ぐすっ…………っ、あい…………」

 太陽に反射して、中の氷がキラキラと光る。少しだけ口をつければ爽やかな酸味が広がって、私の涙を宥めてくれているような気がした。
 映画の途中でお手洗いに、なんて恥ずかしい真似をしたくなくてドリンクを買わなかったのが仇になった。私の喉はとっくに悲鳴をあげていて、さらに体内の水分を絞り出してしまったものだからこのドリンクカップが一瞬で空になるのも致し方ないのだ。
 なのにサボさんは、それを見てお腹を抱えて笑っていた。

「ははっ、いい飲みっぷりだな! おかわりするか?」
「い、いいです!」
「でもおれがまだ飲み終わってないんだ。付き合ってくれよ」
「…………自分で、買ってきます」

 拗ねたようにそう言って、ベンチを立った。
 ずるい人。そうやっていつだって、私の考えを先回りして優しく受け止めてくれる。こうやって外に連れ出してくれているのだって、大勢の人に泣き顔を見せないようにだろうし。
 近くに出ていたドリンクスタンドのお姉さんに、アイスティーを注文する。私に出来る唯一の背伸びなんて、これくらいだ。
 今度はゆっくり飲もうと決意してベンチへ戻り、なんとなく足を止めてサボさんの後ろ姿を見つめた。ブラックコーヒーを片手に、スマホを弄っている。たったそれだけ。去年とそう大差なんて無いはずなのに、随分と遠くにいる様に感じてしまう。
 
──サボさんの隣に私が座ってたら、変なのかな。

 なるべく考えないようにしていた不安が、じわじわと広がっていく。それに足を取られていると、視線の先の後頭部が何かを探すように動いた。やがてすぐ後ろにいた私を見つけると、嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
 ほら、またずるい。そんな顔見せられたら、心を曇らせてる暇なんて全然無いじゃないですか。観念した私も笑いながら、また彼の隣へと腰を下ろした。

「さっきの映画、続編も決まってるらしいな」
「ほんとに!?」
「調べたら出てきた。ほら、ここ」

 差し出されたスマホの画面には、”続編制作中!”と大きく書かれている。私は夢中になってサボさんのスマホを覗き込んで、わあわあと一人で盛り上がった。そんな様子に、上からクスクスと笑い声が降ってくる。優しく、宝物に触れるように、私の頭に彼の手が触れた。
 ゆっくりと顔を上げると、目を細めて何かを慈しむかのような表情でサボさんは私を見ていた。
 いつもと違う彼の雰囲気に、思わず息を呑んでしまう。

「じゃあ、次もまた二人で来ような」

 さらりと次のデートの約束を取り付けられて、頷かない女の子なんているのだろうか。
 じんわりと染まる頬を隠すように頷いて、私はやっとアイスティーに口を付けた。

「そ、それじゃ、デートみたい……」
「おれは、今日だってそのつもりだったんだけどな」

 多分、誰も知らないんだろう。大学生になった男の子は、ずるくなっちゃうんだってこと。
 だからこれは仕方無い。私が真っ赤になったって、そんな私を見て「可愛い」と言ってくる彼に悪態をついたって、これは彼がずるいから仕方の無いことなんだ。



さしば様より企画でいただいたサボ夢です。二人で同じ設定で短編を書いてみようという企画でした。とても楽しかった…!サボもヒロインちゃんも最高にキュートです。



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