「お邪魔します」
「おう。散らかっててごめんな」
「そんな、私が突然来たんだし…」


ドキドキしながら部屋に上がる。靴を脱いで上がると、扉の鍵をガチャリと閉める音が後ろから聞こえて心臓がドキリと揺れた。エース君の家に、二人きり。深呼吸をすると、空気にエース君の匂いが染み込んでいるような気がして余計に心を苦しくさせた。

二人で飲みに行ったお店が思っていたよりも混んでいて、たったの二時間で追い出されてしまった。飲み足りない気持ちを持て余しながらぶらぶらと街を歩く。祝日前だからどこもお店は混んでいて、何軒か覗いたがどこも満席ですと断られてしまう。
どうしようかと立ち止まった時に、「じゃあ、ウチ来るか?」とエース君が誘ってくれたのだった。エース君の家は、ここから歩いて十分もかからない。私はあくまで冷静に、落ち着いて返事をした。


「でも、エース君って確か弟君と一緒に住んでるんじゃなかった?私が突然行ったら、迷惑じゃない?」


ドキドキと心臓が高鳴る。エース君の家。どうしよう、すごく気になる。行ってみたい。だけど、そんなすぐに食い付いたら、私がエース君に好意を寄せていることを気付かれてしまうかもしれない。
きっとエース君は、私のことを気の合う女友達だと思ってくれていて、それ以上の感情はない。だからこそ、こうして気軽に誘ってくれるのだろう。このチャンスを逃したくなくて、だけど下心は絶対に知られたくなくて、私はいつもと変わらない表情でエース君の返事を待った。


「あぁ、ルフィは今日、友達んちに泊まるって言ってたからいねェよ。てか、いても気にする必要ないって」
「そう、なんだ。そっか、じゃあ、お邪魔しちゃおうかな。お店、どこも空いてないしね」
「おう、近くで酒買っていこうぜ」


エース君は軽い口調でそう言って歩き出した。ああ、どうしよう、こんなラッキー予想していなかった。お店が空いていなくて良かった。こんな偶然、きっと二度とない。
コンビニでお酒やおつまみを買い込む時も、私はなんだか浮き足立っていた。当然の如くお会計を済ましてくれたエース君に続いて家へと向かう。何か話しながら歩いていたけど、私はその時の会話の内容なんて何一つ思い出せなかった。

そして家に着いて、エース君の部屋に通される。キッチンや水回りは弟君と共用で、二人の部屋はそれぞれ別にあった。エース君の部屋は適度に散らかっていて、なんというか、男の子の部屋、という感じがした。


「グラス、こんなのしかないんだけどいい?」
「なんでもいいよ。ていうか、用意までさせちゃってごめん。私も何か手伝えることある?」
「なんもしなくていいよ。座って待ってろって」


エース君はニカッと笑ってキッチンへと再び戻って行った。なんだか落ち着かない。部屋を見渡すと、壁にエース君の服やカバンが掛かっていて、それもまた私の心臓を苦しくさせた。部屋にある荷物どれを見ても、好きという気持ちが溢れてしまう。
エース君が私を部屋に呼んでくれたことには、特別な意味はあるのだろうか。他の女の子でも、こうして部屋へ呼んだりするのだろうか。知りたいけど、聞けるはずもない。グラスと氷を持って部屋へ戻ってきたエース君に、「ありがとう」と笑顔でお礼を言った。

しばらくは他愛もない話で盛り上がった。エース君のお酒のペースはいつもより早くて、買う時はこんなに飲みきれないだろうと思っていた量をあっという間に飲み切ってしまっていた。そういう私も、彼のペースに引っ張られて普段よりも相当飲んでしまっている。
チラリと横目でエース君を見ると、彼の耳や首元は大分赤く染まっていた。やっぱり、家だとリラックスして飲みすぎてしまうのだろうか。潰れても、帰りの心配しなくていいもんなぁと考える。
時計を見ると、そろそろ終電の時間が近かった。帰りたくないな。そう思ったが、しかし男友達の家に終電を逃して泊まり込むだなんて、そんな芸当私に出来るはずも無かった。名残惜しいながらも、私はエース君に声をかける。


「私、そろそろ電車の時間があるから、帰ろうかな」
「もうそんな時間か?」
「うん。今日は楽しかった。おうち呼んでくれて、ありがとうね」


引き止めてくれないかな、なんて浅ましい感情。部屋の端に置いたカバンを手繰り寄せて、携帯を確認しつつ立ち上がろうとした。だけど、その手をパッと掴まれる。私は慌てて振り返ってエース君を見た。エース君は、相変わらず顔が真っ赤に上気していた。


「なぁ、もう少しいろよ」
「え?」
「せっかく明日休みなんだしさ。……泊まっていきゃあ、いいじゃん」


ゴクリと唾を飲む。そう言って欲しいと願っていたから、幻覚を見てしまったのかと思った。だけどこれは現実で、酔っ払ってはいるけど私はまだ意識を手放す程ではない。無言のままコクンと頷いて、私はそのまま腰を再び同じ位置に下ろした。
部屋に時計の音が響く。エース君はどういう気持ちで呼び止めてくれたのだろうか。それを聞くことは、許されるのだろうか。未だに掴まれたままの腕が熱くて胸が苦しかった。





まさか本当に、家に来てくれるだなんて思わなかった。「散らかっててごめん」だなんて言ったけど、本当は今朝万が一のためにと久しぶりに掃除や片付けをしていた。ルフィは友達んとこに泊まりに行くと言っていたし、もしかしたら、アイツを部屋に呼べるかもしれないって。呼んだら来るかもしれないって、そう期待して。そして今、本当にコイツはおれの部屋の中にいる。
玄関先で靴を脱ぐ後ろ姿を見て思わずガッツポーズをしたくなった。後手に閉めた鍵の音がやけに大きく響いてなんだか少し焦ってしまう。「お邪魔します」と再度呟いた彼女を後ろから抱きしめたい衝動に駆られながら、どうにか自然に自分の部屋へと案内した。

部屋に来たということは、これは脈アリだと、そう判断しても良いということだろうか。
逸る気持ちを抑えつつ、おれはキッチンでグラスを用意する。手を、出してもいいのだろうか。多分嫌われてはいないはず。どちらかというと、好きな部類に入っているはずだ、という希望的観測。果たして彼女が俺に抱いているのはただの友情か、それとも。俺に向けてくれる笑顔や言葉が、それ以上の意味を持っているかどうかの判断が中々つかなかった。もし間違ってしまったら、今までの努力が全部水の泡だ。
おれは必死に平静を装って、「おまたせ」と部屋へと戻った。「ありがとう」と床にぺたんと座りながら顔を上げて向けられた笑顔に、心臓を鷲掴みにされるかのような感覚。いつもの数倍、可愛く見える。
なんだ、これ。好きな女が自分の部屋にいるというだけで、心臓がおかしくなるくらい早く脈を打っている。おれはそれを誤魔化すかのように、馬鹿みたいなペースで酒を飲んでいった。
気が付くと、彼女の終電の時間が迫っていた。
帰ってほしくない。だけど、それを言ってしまったら、それはこの気持ちを告白することとほとんど同義になってしまうだろう。部屋で二人きり、ゆっくりしながら飲む時間も楽しかったけど。でも正直、それ以上を期待してしまっている自分がいた。……キスくらい、してェな。いや、でも。
酔っ払って体が少し揺れている彼女の肩や手が一瞬ぶつかる。その度に欲が膨れ上がっていく。触りたい。でも、なんの理由もなく触ることができる関係ではない。もどかしい気持ちを抑えつつ、ひたすら酒を飲み続けた。
やがて彼女も時計をチラリと見やる。「帰ろうかな」と呟いて立ち上がろうとした彼女の腕を、思わず掴んでしまった。
パッと振り返った彼女の顔は赤く染まっている。そして、自惚れじゃなくて、その瞳には期待の色が浮かんでいた。


「なぁ、もう少しいろよ」


勇気を出してそう伝えた。驚いた顔をして、そして頷いた彼女は再び俺の隣に腰を下ろした。俯いてしまったせいで顔は見えなかったが、耳まで真っ赤に染まっているのがわかった。さっき瞳に映ったおれはひどく焦って滑稽だったし、彼女は引き止められることを望んでいるように見えた。


「なぁ」


おれは彼女の腕を掴んだまま声をかけた。そっと近付いて、俯いた彼女の頬に手を添えてこちらを向かせる。
あぁ、これは。勘違いじゃない。彼女も、おれと同じ気持ちのはず。


「キス、していいか?」


囁いた言葉に返事は無かった。泣きそうな顔をした彼女は、しかしそのまま無言で目を瞑る。それを肯定の返事だと解釈して、うるさいほど音を立てる心臓を無視しながら、おれはそっと彼女の柔らかい唇に自分の唇を合わせてキスをした。





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