「帰りたくないなぁ」
「そうか」


甘えた声を出して上目遣いでそう言ってみたけれど、ドレーク先生はこちらをちらりとも見ようとしてくれなかった。大袈裟にため息を吐いたが、それでも先生はずっと前を向いたまま。赤信号で止まった車の中で、私は彼の太ももに手を乗せてみた。


「な、何をする!今運転中だぞ!?」
「今は止まってるじゃないですか」
「もう青になる!早く離せ!」
「……だって、帰りたくないって言ってるのに、先生が無視するから」


案の定真っ赤になったドレーク先生は焦ったようにこちらを見てくれた。信号が青になり、さすがにこのまま事故に合われても困るので私は渋々手をどける。女性への免疫がほぼ無いに等しいこの人のことをこうやってからかうのは楽しかったが、それでも車が私の家へと向かっていることは変わらず、私は頬を膨らませて先生の名前を呼んだ。


「なんだ」
「帰りたくないんです」
「もう家に着くぞ」
「先生は私と一緒にいたくないんですか?」
「……そうは言っていないだろう」


先生の大きなため息を聞くと、少し胸が苦しくなる。

今年から私の学校へ赴任したドレーク先生に一目惚れをした。私はアタックにアタックを重ねて、誰にも絶対バレないようにすることを約束にようやく先生の恋人となることが出来たのだ。女性に免疫のない先生はただ単に私の強すぎる押しに負けてしまっただけかもしれないけれど、私は飛び上がるほど嬉しかったし先生に自分の思いが届いたことがとてつもなく幸せだった。
だけど、人は欲張りなもので、一つ手に入るとどんどんその次が欲しくなってしまうらしい。放課後の帰り道、少し遠くまで回り道をして家まで送ってくれるのが私達のデートの定番。それだって勿論楽しいけれど、私はそれだけじゃ物足りなくて、もっともっと、先生のことを知りたいし先生に近付きたいと思ってしまうのだ。

とはいえ、いつも通り車は自宅のすぐそばに停まり、先生が「着いたぞ」と声をかけた。


「ほら、早く降りろ。親御さんが心配するだろう」
「少しくらいなら遅くなっても平気だもん」
「我儘言うな。もう夜の八時だぞ」
「まだ八時だよ?友達と遊んだ時だって、こんな時間に帰ったりしないのに」
「おれはお前の友達じゃないし、夜八時は十分遅い時間だ」
「……友達じゃないなら、恋人らしいこと、してくださいよ」


私は助手席から動かずに、ドレーク先生を睨みながらそう言った。先生は少し顔を赤くして、そして気まずそうに目を逸らした。また先生のことを困らせてしまった。だけど、私の気持ちを少しくらい分かってくれてもいいのに。もう少し一緒にいたいというのは、そんなにも先生を悩ますことなのだろうか。
ドレーク先生はしばらく黙ったままだったが、やがて大きく息を吐いてから私の名前を呼んだ。

「なまえ」
「なんですか?」
「お前に何度も告白されて、最初はからかわれているだけかと思ったが……。お前の気持ちが本気だと分かったから、おれも本気で向き合おうと決めたんだ。自分の生徒で、しかも未成年のお前と付き合うことを決めたのは、生半可な覚悟じゃない」


腕を組んで正面を向きながら、ドレーク先生はそう淡々と話す。そう、何度も何度も告白したのだ。初めての恋をがむしゃらに突き進んで、ようやく手に入れた関係。先生は、多分私以上に立場だとかいろんなことを考えたうえで、私を受け入れてくれた。それは分かっているはずだった。だけど、せっかく付き合えたのに手を繋ぐことくらいしか恋人らしいことが出来ず不満に思ってしまうのは、やっぱり私の我儘なのだろうか。
シュンとなって謝ろうと口を開きかけた時、ドレーク先生はやや躊躇いがちに私の膝の上で握った手に自分の手を重ねてきた。思わず顔を上げると、先生の頬は赤く染まっていて、だけど私の目をしっかりと見つめてくれた。


「不安にさせていたのなら悪かった。だが、お前が生徒のうちは、おれは絶対にお前を早く家に帰すし、手を繋ぐ以上のことはしない。それはおれにとってのけじめだ。分かってくれ」


握られた手はじんわり汗をかいていたし、先生の赤面が移ったかのように私の頬も熱くなった。私は黙って頷いて、そしてそっと手を握り返した。ぴくりと揺れる先生の肩。不満を感じていた心があっというまに溶けて、代わりに愛おしさが胸にあふれていく。


「先生、私のこと、好きですか?」
「………好きじゃなかったら、こうして一緒にいないだろう」


先生の精一杯の愛情表現。「あと五分だけ一緒にいてください。そうしたら、ちゃんと帰りますから」とお願いすると、先生は「五分だけだぞ」と呟いて、繋いで手をもう一度ぎゅっと握りしめてくれた。





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