理由なんか思い出せなくらい些細なことで喧嘩をした。でも、なんだか私から謝るなんて出来なくて。意地を張ったままでいたせいで、仲直りをするきっかけを見失ってしまった。

私は彼の秘書兼ボディガードみたいな役職に就いている。ボディガードと言っても私より彼の方が強いのだから、つまるところただの雑用係のようなものだ。なんだかコネみたいで(というかコネなのだが)良い気はしないが、彼の傍にいつもいられる仕事なので文句はなかった。
どうして彼みたいな人が、私の事を気に入ってくれたのかは未だに良く分からないけど、あまり深くは考えないようにしている。海賊なんてやる人の考えることなんて、きっと固い私の頭じゃ理解できないのだから。

そして喧嘩をしたまま数日経った。こういうとき、常にそばにいなければいけない仕事というのは厄介である。あからさまに悪くなる空気に、私だけじゃなくて私たちがいる部屋にくる彼の部下達もやりづらそうにしていた。
今日は遠くから彼の知り合いが来ると言っていた。お茶出しをしたりだとか、そういう雑用がまわってくるだろう。
こんなに長く喧嘩をしたことはなかったから、正直ちょっと不安な気持ちが無いわけではなかった。しかしまあ、仕事は仕事だから、と私は気持ちを切り替えようと頑張った。

お客は気付かぬうちに既に彼の元へと訪れていたようだった。正面玄関から来たのであれば私が気付かないはずがない。きっと窓だとか、おかしなところからやってきたのだろう。彼のもとへやってくる客は真っ当な人ばかりではない。やれやれ、と思いながらお茶を用意していると秘書課の後輩にあたる女の子が声をかけてきた。


「どうかした?」
「今日のお客さんへのお茶出しとかは、先輩にやらせるなって、さっき言われたんです」
「……社長から?」
「はい」


カァ、と顔が赤くなった気がした。喧嘩してるからって、それを仕事にまで持ち込まなくたって。確かに、意地を張った私が悪かったけれど、でもだからって仕事を奪うことないじゃない。
私はイライラしながら後輩の子に「社長には私が無理やり貴女から奪ったって説明するから、下がっていいよ」と有無を言わせず下がらせて、お茶用意して応接室へと向かった。


「失礼します。お茶をお持ちいたしました」
「………なんでてめェが」


予想通り、彼は嫌な顔をして私を迎え入れた。その反対側に座っていたのは、なんと同じ七武海のドフラミンゴだった。
彼らの仲が良かった覚えはない。お茶を彼らの前に置くと、私が驚いていることを悟ったドフラミンゴが高らかに笑いながら私に話しかけた。


「おれがここにいるのは珍しいと思ってんだろ。久し振りだなァ」
「……お久しぶりです」
「ビジネスの話だ。好き好んでコイツと会ってる訳じゃねぇよ」


めんどくさそうに葉巻を吹かす姿は既に相当に不機嫌な様子だった。私がここへ来た事も関係しているだろうが、この派手な服を着た男も原因の一つだろう。


「それじゃあ、失礼します」
「待てよ、ちょっとここで話してかねェか?」
 

出て行こうとしたら、ドフラミンゴにそう話しかけられる。クイっと指を動かして、私は身体を無理やり彼の側へと引き寄せられた。バランスを崩すようにドフラミンゴの座っているソファに手をつく。キッと睨むと、楽しそうにドフラミンゴは笑った。


「乱暴にしちまって悪ィな。実は前から気になってたんだよ、このワニ野郎が夢中になるなんてどんな女だろうってな」
「………ふざけるな」


葉巻を灰皿に押し付ける音が聞こえる。身体の自由を奪われているため見ることはできないが、彼の声色からして、これは相当キレている。夢中になる、という表現が気に障ったのだろうか。私も顔を歪めてドフラミンゴに抗議する。


「その能力は卑怯です」
「今すぐそいつを放さねぇと、さっきの話は無しだぞ」


背中に刺さる視線がキツく痛いくらいだ。この場から逃れたくて私はどうにか身体を動かそうと頑張るが、ほとんど無意味であった。


「おい、そもそも俺はお前をここに来させねぇようにしていたはずだが?」
「…私が勝手に来たんです。………それに仕事に私情を混ぜるのは、良くないと思うのですが」
「コイツに立てつけるとはイイ女だな。やっぱり面白ェ…。なぁ、おれのとこに来ないか?」


クイ、と顎を持ち上げられて視線を合わしたドフラミンゴはそう言った。突然の事に、思わず「はぁ?」と声をあげてしまう。サングラスのせいで彼の瞳は見えなくて、本気か冗談かすら私には分からなかった。


「ここより数倍良い待遇にするし、コイツよりもお前の事を可愛がってやれるぜ。どうだ、良い提案だと思うんだが…なぁ、クロコダイル?」
「…くだらねェ」
「で、肝心のお嬢さんの返事はどうなんだ」


再び私に話しを振られ、困ったように目を逸らす。正直ドフラミンゴのもとへ行く気などサラサラないが、昨日からの喧嘩とか、私にここに来させなかったこととかを思い出して、私はふざけるようにして頷いてみた。


「そうですね…、ここでの仕事もそろそろ飽きてきたし、待遇良いなら考えてみる価値はありますね」
「フッフッフッ!ということだが、おれが貰ってもいいか?」
「てめェ、どういうつもりだ」
 

相変わらず振り向けないが、今この瞬間にも彼の機嫌の悪さが最大値を更新し続けていることは手に取るようにわかった。しかし、これくらいの生意気は、許されてもいいだろう。私は身体の自由がきかないことをいいことに、澄ました態度でいた。
その時、プルルルと誰かの電伝虫が鳴った。私のすぐ近くから聞こえて、どうやらそれはドフラミンゴのものだったようだ。彼は一旦電話に出ると、何やら聞かれてはまずい内容だったらしく、私の身体を縛っていた糸をぱっと解いて、すぐ戻ると言って部屋から出て行った。

私はようやく動けるようになり、ソファに倒れこんだ身体を起こそうとした。しかし、ふわりと葉巻の香りがして、そして起き上がる前に私の視界はふさがれてしまった。


「え……?」
「馬鹿野郎」


ぼそっとそう呟いた彼に抱きしめられているのだと、私はその時理解した。どうしていきなり彼に抱きしめられているのかまでは分からなくて、私はもぞもぞと動いて彼の顔を見上げた。すると、その表情は怒っていなくて、ただ少し気まずそうにしていた。


「……冗談でも、アイツの言葉に乗るな」
「え…?」
「誰にも渡す気はねェよ」


本気で言ったつもりなんか全然なかった。きっと彼もそれを分かってると思ったのに。抱きしめるその強さは、さっきまで喧嘩をしていたことを私から忘れさせた。そして、私も彼の大きな背中に腕を回す。


「………意地張って、ごめんなさい」
「あんな奴の挑発に乗るような愚行は金輪際一切無しだ。おれの気が長い方じゃねェのは、よく知ってるだろ」
「はい。……でも、喧嘩してたからってお茶汲みの仕事、他の子にやらせようとしたのはひどいです」


私が小さくそう言うと、彼は大きくため息をついて私の頭を優しく撫でた。


「お前をアイツに会わせたくなかったんだよ。…それくらい、察しろ」
 

彼の顔が見たくて私はもう一度顔を上げようとしたけど、強く抱きしめられたせいでそれかなわなかった。
彼にしては甘いセリフと抱擁に、ドフラミンゴがもうすぐ帰ってくるかもしれないなんて考えつつも、背中にまわした腕を緩める気にはなれなかった。



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