放課後、急いで学校を出て駅へ向かう。今日は週に一度のサボ兄に勉強を教えてもらえる日だ。

幼馴染であるルフィのお兄ちゃんとして紹介されてからもう数年が経つ。ガサツなルフィやエースと違って、サボ兄は最初から優しくて紳士的でキラキラとかっこよく見えた。ルフィ達と遊んでいる時の無邪気な笑顔もたまらなく素敵で、出会ったその日から私は彼の虜だった。

受験生になり、サボ兄と同じ大学に入りたいんだと打ち明けたら、張り切って勉強を教えてくれるようになった。もっともっと勉強をしなければ到底合格圏には入らないが、毎日必死に努力している。だからこそ、週に一回のこの勉強会は私の将来にとっても、そして受験勉強中の唯一の息抜きとしても貴重で大切な時間だった。

待ち合わせの駅について、サボ兄の姿を探す。背の高い彼はいつもすぐに見つかる。私は明るい彼の頭を見つけて声をかけようとした。


しかし、サボ兄の隣には私の知らない女の人がいた。私は思わず立ち止まる。
誰、だろう。とても仲良さそうに二人は話していた。…サボ兄、照れたように笑っている。胸がぎゅっと締め付けられる。
そりゃあ、カッコイイからモテるだろうし、彼女がいてもおかしくはない。だけど、そんな話一度も聞いたことが無かった。でもそれは、私には話す必要のないことだから敢えて教えてくれなかっただけかもしれない。エースやルフィは恋愛の話に疎い。二人以外にサボ兄と共通の知り合いもいない。
私は、サボ兄が大好きだけど、サボ兄のことを全然知らない。その事実を、改めて思い知らされたみたいで心が重くなった。
声をかけられずにその場で立ち往生していると、ふいにサボ兄がくるっと振り返り私の姿を見つけたようで笑顔で手を振った。


「なまえ!」
「あ…サボ兄……」


名前を呼ばれただけで嬉しくなってしまうのが逆につらい。私は曖昧に笑いながら二人のもとへと駆け寄った。
一緒にいた女の子はコアラさんと言ってサボ兄の学校の友達だという。たまたま会って話していたとのことだった。


「へえ、話には聞いてたけど初めて会うね。よろしく、なまえちゃん」
「…よろしくです」


挨拶をして至近距離で彼女を見ると、フリルのシャツが似合っていて、短いスカートから見える足はすらっとしていた。快活そうな人懐こい笑顔がチャーミングで、こんな可愛い人が近くにいるなんてと不安になる。二人はとても仲がよさそうな雰囲気だった。サボ兄が自分以外の女の子と話している姿はほとんど見たことが無かったため、気持ちをどう整理すればいいのか分からなかった。
コアラさんは私が来るのを待っていたサボ兄に付き添っていただけだったみたいで、挨拶ををしてすぐ予定があるからと何処かへ行ってしまった。私はサボ兄といつも勉強をしているカフェへと向かう。「コアラさん、仲良いの?」と恐る恐る聞くと、「まあ確かによく一緒に行動してるし、仲は良い方だな」となんでもないことのように言っていた。

落ち込んだ気持ちのまま勉強を教えてもらう。しばらく経ったところで、今日はここまでにするか、とサボ兄はいつもよりも一時間くらい早く切り上げようと声をかけた。


「えっ、サボ兄何か用事があるの?」
「だってなまえ、今日ずっと上の空だろ。集中出来ないなら無理すんな」


頬杖をついて軽くデコピンをしてサボ兄はそう言った。コアラさんのことを気にして集中できていなかったこと、気付かれていたんだ。ごめんなさい…と謝ると笑いながら今度は頭を撫でてくれた。


「ははっ、最近ずっと詰め込んでたから疲れちゃったんだろ。今日はもう終わりにして、久しぶりに少し遊んで帰ろうぜ」


サボ兄の優しさに嬉しくて頬が熱くなる。私が元気がない時もいつも気付いてくれて、気遣ってくれる。いつもはただ嬉しいという感情だけなのに、今日はコアラさんの影がちらついてしまって、この優しさはもしかしたら私だけのものではないかもしれない、と余計なことを考えてしまって私は顔を反らした。
カフェを後にして、私はサボ兄に連れられるまま駅前のゲームセンターや商業ビルを巡った。二人だけでこうして遊ぶのは、初めてだったかもしれない。いつもは遊ぶとなるとルフィやエースも一緒で、皆で遊ぶのは勿論楽しかったけど、二人きりだとサボ兄を独占出来ているみたいでさっきまでのモヤモヤが嘘のように楽しめた。

遊び疲れてお気に入りのアイス屋さんでご馳走してもらう。自分の分は払うよ、と言ったがサボ兄は絶対私に財布を出させない。バイトしてるしお前は妹みたいなもんだから、と言われてしまう。ご馳走してくれるのは嬉しい、だけど、妹扱いは不服。女の子として扱われたい。だけどそんなことは言い出せず、アイスご馳走様とだけ伝えた。


「元気出たか?」
「うん。…ありがとう、サボ兄」
「気にすんな。明日から、また頑張ろうな」


そう言って頭を撫でてくれる。サボ兄はよく私の頭を撫でる。サボ兄の触れた部分だけ、やけに熱い。


「なまえ?」
「サボ兄、ほんとはコアラさんと付き合ってたりするの?」
「は?コアラ?なんでそんな急に」


私と違って大人っぽくてでも可愛くて、コアラさんは素敵な女の子だった。サボ兄の隣に並んでも何もおかしくない。一生懸命勉強してサボ兄と同じ大学に行けたとしても、私が隣に立てる可能性はどれくらいあるのだろうか。こうやって勉強して必死に追いつこうとしている間に、突然現れた誰かがサボ兄の恋人になってしまうのだろうか。
急に襲ってきた不安に私はいてもたってもいられなくなり、文字通りその場から逃げ出した。驚いた様子のサボ兄が後を追ってくる。あっという間に追いつかれて、腕をつかまれる。焦ったようにどうしたんだと聞かれて、私は答えられずに俯いた。


「もしかして今日ずっと変だったのって、おれがコアラと付き合ってるって思ったから?」
「だって、サボ兄が女の子と仲良さそうにしているの初めて見たし。…コアラさん、すごい可愛かったし」
「……おれにとっては、なまえの方が何百倍も可愛いけどな」


思わず顔を上げる。可愛い、って………。赤くなってしまった顔が恥ずかしくてまた俯いた。サボ兄の言葉に、一喜一憂してしまう自分が恥ずかしい。可愛いって言ったって、どうせ妹としてとか、そういう意味なのに。私は意地を張って、「どうせ、妹みたいで可愛いとか、そういう意味でしょ」と本当にかわいくないことを言ってしまいそっぽを向いた。サボ兄は困ったように俯いた私のほっぺを手で挟んで上を向かせた。


「おれはなまえのこと、一人の女の子として可愛いと思ってるよ」


はぁ、とため息を吐いてサボ兄は手を離し、そして私の手を引いて歩き出した。繋がれた手首が今度は熱くなる。方向的に、家へと向かっているようだった。


「コアラとはただの友達で、本当になんでもないよ」
「…うん」
「おれが可愛いって思うのは、なまえだけだから。………付き合いたいって思うのも、なまえだけだ」


私の手を引いて少し前を歩くサボ兄の耳は、真っ赤に見えた。サボ兄も、私と同じ気持ちなのかなと思うと、嬉しくて胸が苦しくなった。気持ちをちゃんと言葉で確かめたいという欲求と、だけど今はこれだけで充分幸せだとも思えて、私はそれ以上は何も聞かずに繋がれた手を握り返した。

 


Twitterで交流させていただいているさしば様との企画サボ夢でした。同じテーマ(大学生サボに片思い)で書く企画、とても楽しかったです。




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