「こんな時間に何してんだ」
「……イゾウさん」


一人、夜空を見上げていた。この船からは、星が良くみえる。元居た世界では星なんて見る暇すらなかったのに。私は最近、夜な夜な眠れず抜け出してはこうしてぼーっと空を眺めていた。
すっと私の隣に移動してきたイゾウさんは、同じように空を見上げた。この船に乗っている男達は大体背が高い。彼もまたそうで、なんだか隣に立たれると少し圧迫感がある。彼の横顔をそっと盗み見た。綺麗な顔してるよなぁ…。あまり眺めていると無駄に絡まれる原因になるので、私はすぐに視線を夜空へと戻した。


「空なんか見て楽しいか?」
「眠れないから、暇つぶしに星を眺めているだけで、別に楽しいわけではないですよ」
「へえ、変わったやつだな」
「……あなたに言われたくはないですけど…」


仕事も人間関係もなにかもいやになって突発的に電車に飛び乗り、一番近い海へと現実逃避にやってきた。海辺を歩いていたら突然巨大な波が襲ってきてあっという間に飲み込まれ、そして気が付いたらこの船に私は乗っていたのだ。
溺れていた私を助けてくれたのはイゾウさんだったらしい。見覚えのある海賊旗や船員達に、私は頭を抱えて再び意識を失っていた。もう一度目覚めたときは船内にある空き部屋のベッドの上で、どうやらここが現実だということを悟り、身寄りも無い私はこの船のそれはそれは大きな船長の厚意によって次の島に着くまでの間ここの船の居候となることが決まったのだった。

彼が近くにいたんじゃ安心してぼーっとすることも出来ない。早々に引き上げようとしたが既に遅く、私の腰には彼の腕がまわっていて一歩も動けそうには無かった。


「あの、腕離してもらってもいいですか」
「まだ来たばかりじゃねぇか。楽にしてろ」
「いやいや私はイゾウさんが来る前からずっとここにいたんです。もう部屋に戻ります」
「じゃあ部屋まで送ってやる」
「いいですって!」


近付いてくる彼の顔を必死で抑えて距離を取ろうと奮闘する。私の自意識過剰なんかではなく、明らかに彼は私の唇を狙っているのだ。

助けてもらった恩もあり、最初は私はほとんどイゾウさんとしか話をしていなかったし、なにかと彼に頼る生活だったのは確かである。他の船員とも打ち解けたあたりから、彼のスキンシップが激しくなり、気が付くとセクハラまがいのボディータッチが増えていて必死の攻防戦を繰り広げられていた。
船員達はそれをあたたかい目で見守っており、誰一人として私を助けようとはしてくれなかった。さすが海賊、と私は一人妙に納得してしまった。奪いたいものは奪うし、奪われたくなければ自分の力で守るだけ。実にシンプルな世界である。


「相変わらずツレねぇな」
「ノリが悪くてすみませんね!そろそろ本当に部屋に帰ります」


そう言うと、ようやくため息を吐いて腕を離してくれた。ため息を吐きたいのはこっちの方である。
「イゾウが女にここまで執着してるのは初めて見たな」と不思議な髪形の船員に言われたが、私だってここまで男に執着されるのは初めての体験である。一体何が彼の琴線に触れたのだろうか。正直こんなに顔が良くてガタイの良い男が女に困るとも思えない。
ちらりと彼の方を見ると私の視線に気付いたのかふっと微笑まれて、妙に心臓がざわついてしまった。


「あの、分かってると思うんですけど、私は二週間後、島に着いたらこの船を降りるんです」
「あぁ分かっているが、それがどうした」
「…あと二週間しか船にいない女を口説いてもしょうがないじゃないですか」


次の島に着くのは約二週間後と言われていた。二週間たったら私はこの船を降りる。別に、島に着いたって何か当てがあるわけじゃないが、海賊の船に乗るよりも安全なことは確かだろう。元の世界に戻る兆しも無い今、地に足を着けて生活する基盤を早く作りたかった。あの日海へ向かったのだって、決して死にたいからではなかった。ただちょっと現実から逃げたかっただけで、私は平和に寿命を全うできるような生き方がしたいのだ。
彼は私に近づいてきた。後ずさりして身構えるが、あっという間に距離は詰められてしまう。伸びてきた腕に思わず首を竦ませたが、ぽんぽんと優しく頭を撫でられただけだった。


「あと二週間で、お前を船から降りたくないって気持ちにさせればいいだけだろ」
「………はい?」
「親父は、次の島に着くのが二週間後だって言っただけで、島に着いたらお前を降ろすとは言ってなかっただろ?」


確かに、船長さんは私に「好きにしろ」とだけ言った。次の島で船を降りるというのは私が勝手にそう捉えて宣言しただけで、誰に強制されたわけでもない。


「あと二週間、覚悟、しとけよ?」


肩に手を置いて、耳元でそう囁いたイゾウさん。耳たぶが、ぶわっと火が付いたように熱くなる。
とんだ宣戦布告を受けてしまった私は、果たして、二週間後無事に船を降りることが出来るのだろうか。




リクエスト『トリップモブ希望だが好かれる』
リクエストありがとうございます。登場回数が少ないキャラクターの口調は少し不安になります。解釈の違いが出やすいところなので慎重に書いてはいますが難しいですね。
ワノ国過去編でイゾウさんのカッコ良さに改めて惹かれています。きっと中々自分から書く機会は無かったと思うので、リクエストしていただいてよかったです。ありがとうございました。




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