「なんだ?どうかし」
「しーっ!!静かに、隊長」


廊下の真ん中で立ち往生していた私に声をかけてきたマルコ隊長の口を慌てて抑えて黙らせる。なにがなんだか分からないという様子の隊長に、私は自分の後ろを指さして聞き耳を立てるようにジェスチャーをした。
廊下を曲がった先では、サッチとナースがキスをしていた。聞こえる吐息と水音に私の顔は既に真っ赤に染まっていた。音と私の表情でどういうことか理解したマルコは呆れたように肩を落としていた。私達は揃ってこっそりとその場を後にした。

人気のない甲板の端っこまで行き私はため息を吐いた。ああいう場面に出くわすことは、この船では少ないわけではない。部屋でやれよ!と思わないわけではないが、我慢できずああして廊下で情事に及ぶクルー達が一定数いるのは確かだった。そういった男女経験が一切ない私にとっては、キスだけといえども少々刺激が強すぎて、顔の熱は中々冷めそうになかった。


「お前は相変わらず慣れねぇんだなァ」
「う……。しょうがないです。だって、私、キスすらしたことないし……」


密かに憧れているマルコ隊長に、自分の経験の少なさを露呈してしまうなんて、情けない。隊長は強くてカッコイイ。きっと女の人との経験も豊富で、あんなことで動揺している私を見て呆れているだろう。
そもそも、私はキスどころか男の人とそういう関係になったことすらない。マルコ隊長へのこの思いも、おそらく初恋なのだと思う。みんなが当たり前に経験している恋愛を、私は今まで一度もしたことがなくて、それがなんだか恥ずかしく思えてしまい、私は少し強がりを言ってしまった。


「私だって、キスくらい、してみたい」
「………じゃあ、おれと練習するか?」


予想外の返事に、私は思わず顔を上げて目を見開いた。マルコ隊長は特に驚いた様子も無く、淡々とそう言ったみたいだった。普段通りの表情で、驚いて少し赤くなっている私の顔とは大違いだった。


「え、でも、その」
「キスくらい、大したことねぇだろい。こんなことで一々固まってたら、お前夜に船内移動出来ないぞ」


ちょっと呆れたようにそう言われて、確かに…と私は黙り込んだ。今日みたいにまた情事の最中もしくは一歩手前のクルーに会うことは、今までもあった。私はその度に驚いて大騒ぎして、(もちろんそんな人目に付きやすい場所で行為に及ぼうとする彼らが悪いのは大前提だが)夜だというの周りに迷惑をかけていた。今日はたまたま直接見る前に気付くことが出来たのと、マルコ隊長がいてくれたのでどうにか落ち着いていられたが、普段だったらきっともっと大勢を巻き込んでしまっていただろう。


「…じゃあ、お願い、します」


私は100%納得出来たわけではないが、隊長にそう頭を下げた。なんだか複雑な気持ちであった。隊長は何も言わずに私の肩に手を乗せて、頬にもう片方の手を添えて上を向かせた。近くなる距離に心拍数が一気に跳ね上がり、やっぱりやめましょう、そう言おうとした。
だけどそれよりも早く、マルコ隊長の唇が私の唇に重なって、私は息をすることが出来なくなった。


「………!」
「…なんで息止めてんだ馬鹿」
「だ、だって、ど、したらいいか…」
「……」


重なった唇。呼吸を止めてしまった私に、隊長は唇を一旦離して馬鹿と呆れたように言った。初めてのキス。それも、密かに憧れていた人との。緊張しないはずがない。キスの仕方を知らない私は、そもそもキスの最中にどう呼吸をするのが正解なのか、それすら分からなかった。
未だに肩を掴まれていて、顔の近さは変わらない。真っ赤になって呼吸を整えている私を、隊長は無言で見つめていた。そして、少し落ち着いたところで顔を上げると、再び唇が重なった。

やっぱり、呼吸、どうしたらいいか分からない。私はぎゅっと隊長の服を掴んだ。

どれくらいそうしていたのだろう。ほとんどパニックに近い私の頭では時間の感覚など無いに等しかった。ようやく離れた唇に、私は思わず床に座り込んでしまった。マルコ隊長がちょっと焦ったように「大丈夫か?」としゃがみこんで視線を合わせてくれた。


「あ、腰、抜けちゃった、みたいで」
「………この程度で、腰抜けちまうのか」
「うっ……」


やっぱり少し呆れたような声色だった。隊長は口元を手で覆いながら、はぁと大きくため息を吐いていた。たかがキス程度で、こんなになっている私は、子供過ぎるのだろうか。
俯いて息を整える。しばしお互い無言だった。なんだか気まずい空気になってしまい、なんでキスの練習なんか、それも隊長に、お願いしてしまったんだろうと後悔した。まあ、後悔したところで遅いのだが。


「…なまえ」
「は、はい」
「…部屋まで送る」
「え、あ、ありがとうございます」


隊長は私に手を差し伸べて立たせてくれ、そのまま部屋へと送ってくれた。部屋について、気まずい空気のまま「おやすみなさい」と挨拶して扉を開けようとしたが、腕を掴まれて引き留められる。どうしたのかと振り向くと、さっきのキスの時と似た距離の近さに落ち着きかけた心臓がまたうるさく鳴り始める。


「た、いちょ?」
「…キス、慣れたか?」


どういう意図でそれを聞いたのだろう。隊長はさっきの私の姿を見て、果たしてキスに慣れたと本当にそう思うのだろうか。


「……まさか」
「だよな」
「意地悪な質問ですね」


私はちょっと頬を膨らませておどけたようにそう言った。茶化さないと、この雰囲気がなんだかいたたまれなくて。隊長との顔の距離は相変わらず近いままだし、このままだと、なんか、またキスしてしまいそうな、そんなドキドキ感があった。


「また、練習するか」
「えっ?」
「慣れるまでやらなきゃ、意味ねぇだろ」


ひょうひょうと言ってのける隊長。確かに、確かに?慣れるための練習なんだから、一回で慣れなかったなら目的は達成されていないし練習を続けるのは理にかなっている、が。
私が返事に戸惑っていると、「やらねぇのか?」とダメ押しで聞いてくるので、私は「あ、いや、お願いします」とまた流されるように答えてしまった。
ようやく腕を離されてやっと部屋に入れると、と思ったのも束の間、改めて「おやすみなさい」と言おうとした私の唇に流れるような動作でキスを落としていった。


「おやすみ、なまえ」


ふわりと笑いながらそう言って隊長は廊下を戻って行く。私は口元を抑えてまたへなへなとしゃがみこんだ。隊長とのキスに慣れる日が来るなんて、到底思えない。私はとんでもない約束をしてしまったのだと、今更気付いても遅かった。




リクエスト『マルコと付き合う前に初めてキスをした時の話』
リクエストありがとうございます。いつもお世話になっております。もしかしたら意図していた方向とはちょっと違ったニュアンスでお話を書いてしまったような気もしなくはないのですが…!ごめんなさい…!でも…これはこれで…楽しんでいただければ…幸いです…!

補足。
両片想いのつもりです。勿論彼女はマルコの気持ちにまるで気付いていないです。突然降ってきたチャンスには全力で食らいついていくちょっと余裕のない感じを出せたらな、と思って書いたんですけど、どうでしょうか。難しいですね。本当はキスしてそのまま色々持ち込んで関係作れたらって思ってたけど、予想以上にキャパが小さかった彼女を見て仕方なしに長期戦に切り替えていく様子が伝われば満足です。



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