「マルコさ…っ、あ、あたし、どうすれば…!」


真夜中に鳴り響く携帯電話。電話越しの彼女は泣いていた。


「とりあえず落ちつけよい。な?」
「うっ…ひっく……はい、っ」
「今からそっち向かうから、それまで待ってろ」


どうしたー?と一緒にいた友人が声をかける。おれは悪い用事が出来たと短く断りすぐに店を出た。
やっぱり酒飲まなくて正解だったな、と頭の片隅で考えながら車のキーを差し込みエンジンをかける。あいつの泣き声を久し振りに聞いた。こんな時間にかけてくるってことは、十中八九エースのことなんだろうな。ため息を吐いて道を急いだ。

アパートの前に車を止め、一度電話をかけるがコール音が鳴り響くばかりで電話には出なかった。幾度か鳴らすが反応はなし。舌打ちをしておれは部屋へと向かいチャイムを鳴らすがこれにも応答しない。しかしドアノブを回すと鍵がかけられていなかったらしく、すんなりと扉は開いた。


「おい、………!」


開かれた部屋の奥で、あいつはエースに抱きしめられていた。…違う、キスを、していた。
おれの姿に気付いてエースを強く押して距離を取り、そしてこちらを見た。


「これは…一体どういうことだよい」
「…なんでマルコがここにいンだよ」
「こいつに呼ばれたからだ」


おれは部屋にあがりこみエースの横を通り過ぎ彼女の肩を抱いた。
俯いた彼女の肩は震えていた。あぁ、どうしようもねぇな。


「逆に、お前はなんでここにいるんだよい、エース」
「おれがここにいちゃ悪いのかよ」
「悪い。お前、自分がしたこと忘れたのか」


バツが悪そうにエースは目を逸らした。おれは何度目かの溜息をつき、一旦彼女の肩から腕を下ろした。
エースの顔は上気していて、耳まで赤く染まっていた。大方酒を飲んできたのだろう。駅から近いこの家はエースにとって良い休憩所になっていることを、本人だってよく理解してるはずなのに。


「お前、酔ってんだろエース。車で送ってやるから、先下降りてろ」
「おれはここに泊まる」
「そんなのはおれが許さねぇよい。いいから早く行け」
「なんでおれがマルコの言うこと聞かなきゃなんねぇんだよ。おれはこいつの……」
「彼氏、とでも言うつもりか?」


おれはエースを睨んだ。怯んだようにエースはおれの隣で未だ震えている彼女に視線をずらした。


「なあ泊めてくれよ。もう終電もねぇし金もねぇんだよ」
「あ、あたしは…」
「耳貸すな」


エースの腕を無理やりつかんで靴を履く。抵抗されたが、酒のせいで体に力が入らないのか大した手間にはならなかった。


「とりあえず、こいつ送ってくるから。そしたらもう一回戻ってくるよい」
「は、俺帰るなんて一言も…」
「つべこべ言わず来い馬鹿」
「馬鹿っていうな…!」


エースを車に強制連行し、扉を閉める。とりあえず、こいつをこの家から遠ざけられたことにおれは情けなくも安堵のため息をついた。





エースを送り届け再び彼女の部屋に入ると、先程家を出たときから一歩も動いていなかった。おれはそんな彼女を抱きあげ寝室のベッドへと運んでやった。
また、少し痩せたか?細くて白い腕が蛍光灯に照らされて無機質な人形のように見えた。


「少しは落ちついたか?」
「…ごめんなさい……」
「大方、あいつがいきなり押し掛けて来たんだろ?悪ぃな、いつもいつも…」
「マルコさんが謝ることじゃないし…」


彼女の隣に腰掛けて、顔を覗き込むように問いかけた。


「なんで部屋に入れたんだよい」
「…そ、れは……」
「もうエースとは縁切るって前言ったじゃねぇか。そうやって受け入れるから、あいつに付け込まれるんだよい」
「だって…」


また泣きだした彼女に、おれは背中を撫でながら厳しい言葉をかけた。


「ちゃんと拒否しねぇと、また泣かされるぞ。エースはいい奴だけど、女関係はどうしようもねぇ。分かってるだろ?」
「分かってる、よ」
「だったらどうしてあいつをまた受け入れた」
「……エースの、エースの顔見たら、…断れなくなっちゃうの」


ぽろぽろと、止まりかけていた涙を再び流しながら言う。


「分かってるよ、覚えてるよ、エースに何度も浮気されたこと。もう好きじゃないし、別れたこともわかってる。だけど、駄目なの。エースに頼む、ってお願いされたら、断るなんてできなくなっちゃう。…馬鹿だよね、あたし。だけどね、駄目なの。ごめんね、いつもマルコさんにたくさん迷惑かけちゃって。ごめん、ごめんなさい……」


大粒の涙が俯いた彼女の腕に落ちる。おれは耐えきれず彼女を抱きしめた。彼女は背中に手をまわすことはしなかったが、おれのシャツをしっかりと掴んで、胸に顔を押し付けて泣いた。


「…マルコさん」
「なんだよい」
「あたし、嘘ついたかも」
「?」
「エースの事、本当はまだ好きなのかもしれない」


おれの胸で泣きながらそんなこという。残酷だな、と思った。


「きっとマルコさんが来なかったら、確実にあのまま流されてたと思う」
「…だろうな」
「あたし、もう嫌だよ。エースのこと好きでいても、つらいことばっか。あたしがいくら好きでも、エースはあたしだけを見てくれないの。こんなにつらいなら、もう好きでなんかいたくないよ…」


名前を呼ぶと、彼女は涙と鼻水とぐちゃぐちゃになった顔をあげた。頬に張り付いた髪の毛をそっと払い、おれはそっと口付けた。彼女は、目を閉じなかった。

「マルコ、さ」
「おれと付き合え」
「え…?」
「知ってたはずだよい、おれの気持ち。知ってて、ああやって電話してきたんだろ?」
「…でも、あたし」


長く柔らかい髪の毛を優しく梳かす。泣くこいつをもう見たくない。だけどそれは建前。本当はずっとこの機会を待っていたんだろう。彼女が一番弱っているときにそれを言えばきっとおれのものになると。彼女の為でなく、自分自身の為の告白。
だけど、それは彼女も望んでいたものであったはずだ。


「あたし、まだエースのこと好きかも知れない…ううん、好きなんだよ?それなのに、マルコさんは付き合おうっていうの?」
「お前があいつを忘れる気があるなら、おれはいつまででも待つよい」
「でも、そんなの、ズルイよ」
「それを言ったら、弱ってるところにつけこんでこうやって告白してるおれだって充分ズルイだろ」
「だけど」
「おれは」


駄々をこねる彼女の手を握り、目を見て言った。


「おれは、お前のことが好きだよい。だから、付き合いたいって思ってる。おれが嫌いか?」
「…嫌いなわけ、ないよ」
「最初はただエースを忘れる為で構わない。好きになるのは後でいいんだ」
「……」


彼女は答えなかった。だけど、再び口付けた唇を拒むことはしなかった。


「ズルくても、いいの?」
「ああ」
「また今日みたいに、エースのこと受け入れちゃうかもしれないよ?」
「そんときは、おれがあいつを追い返すよい」
「本当に、本当にいいの?」
「いいって言ってんだろい。あんま言うと、またキスするぞ」


そう冗談めかして言ったら、彼女の頬を涙が伝った。


「してよ、キス。マルコさんと、キスしたいよ」


おれは躊躇う事なくその唇に食らいついた。彼女の腕が、首に回った。

こうなることを予想していたのかもしれない。ずるくても、どんな形でも、救われる約束を。
そんな風に、自分に都合のいいように解釈をした。



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