「なまえ、入るぞ?」
隊長が帰った後、やってきたのはサッチだった。私はサッチだったらまあいいかと布団かのっそりと置きだした。サッチは苦笑しながらベッド脇の椅子に座って持ってきた食事を手渡した。
「ひでぇ顔だな」
「元からだもん」
「とりあえず、それ食え」
サッチは夕飯を持ってきてくれていた。お礼を言って一口食べたが、食欲が出ず、すぐにお盆を脇のテーブルへと置いた。
「マルコとなんかあったか?」
「…なんで」
「あいつ、今日珍しく荒れてたからよ。あんなマルコ、めったに見ねぇぞ」
サッチが言うには、今日の午後の隊長はひどく不機嫌だったそうだ。私はなんで隊長が不機嫌になったのか理由は分からなかったけど、なんとなく自分のせいのような気がした。
「ねえサッチ」
「なんだ?」
「私、もうじき隊長にフラれちゃうかも」
「はあ?」
言葉にするとやっぱり胸を抉る。話しながら、私は再びしくしくと涙をこぼしだした。
「おい泣くなって。なんでそう思うんだよ」
「だって、私子供っぽいし、それに隊長から好きって言ってもらったこと、数えるくらいしかないし、昨日だって来るって言ったのに………」
ぐずぐずと私が駄目なところ、二人の関係がもう終わりに近付いている証拠を述べていると、サッチが溜息を吐いた。
「んな馬鹿なこと考えるなよ。ほら、泣きやめって」
「馬鹿なことじゃないよ!私は本気で悩んでるの」
「馬鹿だよ。マルコがお前をフる訳ねぇじゃねえか」
「…サッチは分かってないよ。私、フラれたくない。だけどこれ以上この関係続けるのも耐えらんないよ」
いっそのこと、自分から終わりにしてしまいたい。
そう呟いたけど、本当にそれが出来る勇気はなかった。自分から大好きなのにフるなんて、そんな器用なこと私にはできない。
「お前からフるとか、余計なこと考えなくて良いんだよ、なまえは」
「でも、隊長は私の事ただの部下だと思ってるし」
「それ本気で思ってる?」
「え?」
「…これ、絶対言うなよ?こないだ二人で呑んでる時言ってたんだ。……なまえが俺から離れていくのが怖い、って」
「え………」
「『今はまだ若いから俺しか見えてねぇみたいだけど、そのうち他の若い奴らの方が魅力的に思える日だってきっと来る。そうなるのが怖い』そう言ってたぜ」
サッチが嘘をついているようには見えなかったが、その言葉はにわかに信じ難かった。
隊長が、そんなことを怖がってるなんて。それじゃあまるで私の事を好きみたいだ…。
「みたいじゃなくて、好きなんだよ、お前の事が」
「だって、だってぇ…」
「こういうの俺から言うのはフェアじゃねぇと思うけどさ。でもあいつはちゃんとお前の事を想ってるよ。そこだけははきちがえんな」
頭をぽんぽんと撫でてくれたサッチに、私は小さくありがとう、と言った。「いいってことよ」。サッチは得意げに言った。
サッチの言葉が本当だとしたら、私にはまだ望みがあるのかもしれない。サッチが去った後、私はゆっくりとベッドを抜け出して隊長のもとへ向かうため部屋を出た。