28


突然のキス。彼の体温。どれも心地よかった。嫌だと感じなかった。私は抵抗することもせず、ただその場で彼に身を委ねていた。


「ミホーク、さん」


離れた唇に、私は頬を赤く染めながらも彼を見上げた。きらきらと星が瞬いている事に気付いた。夜空と、そしてホタルが飛び交うこの空間は、輝いていてまるで別世界のようだった。


「私、貴方を知っている気がする……」
「…なぎさ」
「思い出せないんです。だけど、さっきのキスを、私は知ってる気がする…。もしかして、私、前にもミホークさんと………」


言い終わる前に、私は再びミホークさんに口付けられた。驚いて目を開いたままの私に、一旦顔を離して彼は耳元で囁いた。


「ならば、思い出すまで何度もしてやろう」
「え…」
「嫌か?」


至近距離で見つめられたら首を横に振る事なんてできなくなる。私は困ったように視線を下にずらして、もう一度ゆっくりとあげると再び優しく唇を押しつけられた。

重なる唇に、ただそれだけで息が上がってしまいそうだった。ミホークさんのキスは、私に懐かしいという感情と、愛しい感情を抱かせた。胸が苦しい、だけど、もっとしてほしい…。

もはや思い出せない記憶なんてどうでも良かった。今はただひたすら、このキスに酔っていたいと、そう思った。





久し振りに感じた彼女の唇の熱に、自分の理性がたやすく崩れていくのを感じた。柔らかく、甘い唇。ふわりと香る彼女の匂いに、キスだけじゃおさまらないほどの熱が湧きあがっていく。
必死でその欲望を隠し、甘いキスを繰り返す。それだけでも、なぎさの息はすでに絶え絶えだった。熱が籠る。だけど、今は駄目だ。まだ駄目だ。おれは必死に自分を抑えて、しかしそれでも漏れ出す欲には逆らえず、随分と長い間彼女と唇を重ねあっていた。

ようやく自分の中の気持ちが落ち着いて来たところで唇を離すと、くたっと力が抜けたように彼女はこちらに持たれかかってきた。どうやら相当緊張したらしい。息が上がり薄闇でもわかるほど赤く火照った顔に、一度収まりかけた欲が再び湧き上がるのを感じておれは慌てて彼女を身体から離した。


「城へ、帰るぞ」
「…は、い」


とろんとした目のままのなぎさの手をひいて、数歩前を歩く。彼女の歩くスピードは非常に遅い。こんなにゆっくり歩くものなのかとおれは何度も彼女を振り返る。そのたびに、申し訳なさそうな顔をして早足になろうと頑張るがすぐに元のスピードに戻る。そんな彼女を愛おしいと思っていた。
記憶が無くなっても、その歩く早さは変わらなかった。おれが振り返ると、なぎさは困ったような表情をしてすぐに視線を逸らす。

歯がゆいところで取り戻せない記憶が悔しい。おれのことだけをすっぽりと忘れてしまった事実に、果たして深い意味はあるのだろうか。彼女にとってのおれの存在は、一体どれくらいの大きさだったのだろう。


城に着いて、部屋まで送ると言うと彼女は遠慮して首を横に振った。そんな彼女の肩をそっと抱いて耳元で囁いた。


「おれがまだお前といたいのだ…。素直に頷け」


固まったように動かなくなった彼女の肩を抱いたまま歩き出す。触れる肌が先ほどよりも熱くなっている。
自分が柄にもないようなことをしているのは重々承知している。しかし、彼女の記憶が戻らないのならば、自分から動くしか術はない。高鳴る心音が煩わしい。

俯いた彼女の顔は暗くて見えなかった。その愛しい瞳に、早く自分の姿が映ればいいのにと、女々しくも考えた。

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