17


コンコン、と扉をノックする。


「ミホークさん」
「…なぎさか、どうした?」
「あの、入ってもいいですか?」


ミホークさんの部屋の前でそう聞くと、返事の代わりにミホークさん自身が扉を開けてくれた。私は、おじゃまします、と言って部屋に入った。
この部屋に入るのは初めてではない。掃除でいつも入っていたが、夜寝る前にこの部屋に入るのは初めてであり、なんだか少し緊張してしまい落ちつかなかった。ミホークさんは椅子を一つ持ってきて、そこにかけろと促してくれて、私は腰掛けた。


「丁度良かった。今から行こうと思っていたところだったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。だがなぎさの用件から言ってくれて構わない」
「あ、別に、私のは大した用事じゃないんで…。何かあったんですか?」


私がそう促すと、ミホークさんはテーブルの上に置いてあった封筒を取ってそれを見つめながら言った。


「先程、海軍本部からマリンフォードへ来いと要請がきた」
「マリン、フォード?」
「海軍本部の本拠地だ。…戦争が、起こるのだろう」


ミホークさんにしては珍しく、苦い顔をしてそう呟いた。
マリンフォードとは、つまり地名なのだろう。だけどその単語は初めて聞いた。
戦争という不穏な言葉に心配になる。ミホークさんは、それに行かなければならないというのだ。


「今回の要請はさすがに断れない。なぎさ、おれはこの城を開けることになるが。平気か?」


彼がいない生活を想像してみる。それはとても寂しいように思えた。


「お前を残すのは心配だが、連れて行くには危険すぎる。この間とばされてきたゴースト娘がいるから、ここにいれば安全だろう」
「でも、ミホークさんがいなかったら、きっと私、寂しいです」


私は思わずそう呟いて、それからはっとして口を押さえた。なんだか、とても恥ずかしいことを言ってしまった気がする。頬を少し赤く染めて、ミホークさんをちらりと見上げると、ミホークさんは驚いたように目を見開いて、そして優しく笑い私の頭にぽんと手を置いてゆるく撫でた。


「ククッ…、寂しいだろうがすぐに戻る。…おれも、できることならお前をつれて行きたいんだがな」
「いやあの、口が滑っただけというか…気にしないでください」


私は慌てて否定するが、ミホークさんは可笑しそうに笑っているだけで頭を撫でる手はそのままだった。
なぎさの用件は何だったんだ、と聞かれて、私はそう言えば、と思い出して伝えた。


「あの、ペローナちゃんのお洋服とか身の回りの雑貨とか色々、買いに行きたいなって思って…。いつでもいいんで港町に連れて行ってほしいなって思ってたんです」
「それじゃあ、シャボンディ諸島まで一緒に行くか」


ミホークさんはそう言った。シャボンディ諸島…。またも知らない地名である。最早知らない場所があっても驚かなくなっていた。ここが、今まで暮らしていたところとは違う場所であることを、受け入れ始めていた。

「そこへ行くと、ペローナちゃんに伝えます」
「ああ、店も多く揃っているだろう。おれもそこに政府の者が迎えに来るから、丁度通り道だ」


そう言ってミホークさんは立ち上がった。


「島までは少々日数がかかる。向こうで数日過ごすなら、明日にでもここを出た方が良い」
「急いで準備しますね」
「ああ、そうしてくれ」


私も椅子から立ち上がり、ミホークさんに挨拶をして部屋を出ようとした。すると、私の後を追ってミホークさんも部屋を出た。どうしたんだろう、と振り返るとミホークさんは一瞬目を逸らしてから、優しく微笑んで言った。


「部屋まで送る。暗いからな、迷子にでもなったら困るだろう」
「そんな、迷子になんかなりませんよ」


ミホークさんは、時々こうやって私を子供扱いする。私は拗ねたように頬を膨らませると、ミホークさんは軽く笑って私の肩を抱いた。その自然な行為に、少しだけ胸がどきんと高鳴る。


「冗談だ。…おれがお前ともう少しいたいから、送らせてくれ」


さらりとそう言ってのけるミホークさんに、顔に熱が集中するのが分かった。そんなの、殺し文句。私は、真っ赤な顔を隠すように俯いた。


「ミホークさんって、ずるいです」
「おれだって、いつもなぎさに翻弄されてるんだ。たまにはおれがしてやっても罰は当たらないだろう」


私がいつミホークさんを翻弄したのだろう。考えても、そんなのはミホークさんの言い訳にしか聞こえなかった。だって、いつもミホークさんの言葉や行動にいっぱいいっぱいになっているのは、私だけだ。今だって、そう。
肩を抱いて歩いているミホークさんは、涼しい顔をして前を向いている。…やっぱり、ずるい。私はそう思いながらも、触れ合った部分の体温の嬉しさとかをかみしめながら、ゆっくり歩いた。

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