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一人きりのベッドにもぐりこんだけれど、頭痛が酷くて一睡もできなかった。
マルコとのキスの感覚が何度も何度も繰り返される。熱くて、苦しくて、だけど気持ち良くて、どうしようもないほどに胸を焦がす。彼の指が触れた肌は煮え立つような熱さだった。記憶に鮮明に残る唇が私の思考をおかしくさせる。

明け方になり、シトシトと雨が降り始めた。部屋の外へと出るとどんよりとした空気が船全体を包んでいるような息苦しさを感じる。
まだきっと起きていないだろうと思ったが、どうしてもこれ以上先延ばしにしたくなくて、私はエースの部屋へと急いだ。




「エース、起きてる?」

返事は来ないだろうと思ったが、しかし数秒後に扉はゆっくりと開いた。

「ヒナか」
「エース、起きてたんだ」
「さっきベッドから落ちて起きた。頭痛ェ……」

私よりも酷い顔をしたエースはどうやら寝相の悪させいで目覚めていたらしい。髪が濡れているので、いましがた顔を洗ったばかりなのだろう。私は彼に招かれるまま部屋に入る。エースは水を飲んでからタオルでがしがしと髪の毛を拭き始めた。微かにアルコールの残り香が漂っている。

「昨日はなんか、悪かった」
「ううん。いつも私の方が迷惑かけてるんだし」

塩らしく頭を下げるエースはまだ少し酔いが残っているのかもしれない。
座りなよと言われたが私はそれを断って立ったままエースに向かい合った。胸の奥がじくじくと痛む。

「エース、ごめん」

シンプルな言葉が一番心に刺さることを私は知っていて、だけど他に選ぶべき言葉が見つからなくて、私はそうエースに告げた。
ごめんね、と呟くと彼は大きくため息を吐いた。

「謝んなよ」
「…うん」
「泣くなって」
「……うん…っ」

自分がずるいことをしていると分かっているのにそれでも流れてくる涙が憎くて仕方ない。優しいエースは困ったように笑いながら私の頭を撫でた。

「エースのことは好きだけど、多分、今想っている以上の気持ちは持てないと思う」

仲間であり友達であり兄のような、あたたかい存在。私が辛いときに寄り添ってくれた優しさに応えたかったし、そうすることで自分の痛みも癒されると思っていた。
だけど。

「あのなぁ、んなこと最初から分かってたよ」
「……ごめんなさい」
「だから謝んなって。弱ってるお前に付け込んだのはおれの方じゃん」

あやすように私を抱きしめてくれるエースに縋りたいと思わないわけではない。
それでも、昨晩のキスが私を苦しめるのだ。あれほど強い感情が自分の中にあるだなんて。
報われなくても、辛くても、この気持ちをなくせないのなら、エースの手を取ることはできなかった。

「私、マルコさんのことが好きなんだと思う」

彼の胸元をそっと押して距離を取る。エースは私の目をしっかりと見つめていた。
それは初めて誰かの前で口に出した想いだった。

「あぁ、知ってた」

エースはまた困ったように笑う。こんな顔をさせたいわけじゃないのにと胸が痛み、それでも彼を傷つけたことで知ったこの気持ちも、私にとっては大切な感情なのだと思いたかった。



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