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ちゃんと言わないといけない。エースに自分の気持ちを伝えなければ。
私なんかを好きと言ってくれて支えたいと言ってくれた優しくて誠実な彼を、今のまま縛り付けておくなんて、誰に聞いたって間違っていると言われるだろう。

原因は自分の弱さだ。未だにこの船に来る前の記憶を思い出せない私は、記憶喪失を理由に色んな人に甘えてしまっていることを改めて実感する。
エースはもちろん、マルコだってそうだ。みんな私なんかを気にかけてくれるけれど、私は彼らに一体どれだけのことを返せているのだろうか。
むしろ、私がいるせいで彼らに迷惑をかけていることの方が多いのではないか。……そんなことは、最初からわかり切っていたことなのに。

自分に存在価値が無いこと、それどころか悪影響を与えているという事実を再認識し重くのしかかる罪悪感は、どこか懐かしいような感覚だった。
失った記憶の中でも、私は誰かに迷惑をかけていたのだろうか。
独りでいても気が滅入るばかりだ。だけど、誰かと一緒にいたら余計に私は自分を甘やかしてしまう。出掛ける準備を終えてエースが迎えに来るまで、私は一人部屋の中でこれからどうするべきかをぼんやりと考えることにした。





夕方頃、部屋の扉をノックする音が聞こえて私は立ち上がった。
扉を開けると、私を見てほっと安心した顔をしたエースがいてやっぱり胸がチクリと痛んだ。

「もう行けるか?」
「うん」

エースは一度こちらに手を差し伸べかけて、しかしすぐにその手を引っ込めてポケットの中へとしまいこんだ。
無言のまま船を降りる私達を見てクルーが「喧嘩でもしたのか?」と茶化してきたが、エースが仏頂面のまま「うるせェよ!」と返していなしてくれるのを私は曖昧に笑ってやり過ごすことしかできなかった。


降り立った島は、特筆すべきところのない…と言ったら失礼かもしれないが、なんというかこれといった特徴のない街だった。
海賊はあまり立ち寄らない、比較的平和な島らしい。商店街は活気付いていたが、人通りはそれほど多くなかった。しばらく滞在するので揉め事は厳禁、とだけ船を降りるときに言われたが、前に立ち寄った島のようにガラが悪い人もアングラな雰囲気の飲み屋もこの街では見かけなかった。

「食いたいモンとか、ある?」
「とくには…。エースが食べたいお店に行こう?」
「…あぁ」

立ち止まったエースは振り返りながらそう聞いてきた。どこか不安げな表情だった。お腹の空いていない私は正直にそう答えたけれど、もう少し気の利いた返しができたのではないかと返事をしてから後悔した。
近くにあった適当なお店に入り、私達は料理を注文した。味はそこそこだったが量は多く、エースと来るにはちょうど良い店だったかもしれない、なんて考えたりした。
会話は思ったほど弾まず、しばしば訪れる沈黙に耐えかねてなのか、エースは普段はあまり飲まないお酒を注文していた。私は未だお酒の味やアルコールの感覚に慣れていないため、勧められたけれど断ってお水ばかり飲んでいた。
エースと、以前のように気軽に話せる関係に戻りたいけれど、そんなことを言えるような資格は私にはない。結構なペースでお酒を煽る彼の頬はみるみるうちに赤く染まっていた。

「もう、食えないし飲めねェ…」
「エースがそんなこと言うの珍しいね」

ひとしきり食べ終わった頃には、エースは大分出来上がってしまっていた。私がお手洗いに立っている間にお会計を済ましてくれたようだったが、席を立った瞬間よろけた彼はテーブルに思いっきり手をついたせいで端に置かれていた皿が幾枚か床へと激突してしまった。

「わっ、大丈夫?怪我ない?」
「大丈夫、だいじょーぶ…」
「もう、飲み過ぎだよ。ごめんなさい、お皿、弁償しますね」

駆け寄ってきた店員に謝ると、「皿のことは気にしないで。それより、お連れの方はもう帰られた方がいいのでは?」と心配されてしまった。
ふらふらのエースの肩を支えながら平謝りして、私はお店を出て船へと向かった。

「エース」
「んー?」
「エースって、お酒以外と弱かったんだね」
「んなことねェよ、今日はたまたま…」

むにゃむにゃと喋るエースが可愛くて思わずフッと笑みを浮かべると、右肩に寄りかかる彼の雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がした。

「お前はさ、もっと笑った方が良いよ」
「え?」
「まぁ、笑えなくさせてるのは、おれか」

自嘲気味に呟かれた言葉を否定しようと必死に思考回路を動かしたけれど、なんて返すのが正解か分からず結局私は黙ったままでいた。
エースはぽつりと「ごめんな」と言い、私はそれに対して「なにが?」としらばっくれたような返事をするので精一杯だった。

ようやく船に着いてエースの部屋まであと少し、というところで二人の足がもつれて私の体は壁へと打ち付けられた。
顔を上げるとトロンとした目のエースがすぐそばにあって、ゴンという鈍い音が響いて私の耳のすぐ横でエースの頭が壁に激突したことを悟った。

「エース、平気?」
「ん、ヒナ……」
「もう、あとちょっとだから、しっかりして」

ぐりぐり、と壁に頭をこすりつけるエースの背中に腕を回してあやすように叩いた。

「エース」
「ヒナ……」

互いに名前を呼び合って、息遣いだけが静かに聞こえていた。エースの身体はいつも熱いけれど、酔っぱらっているせいかいつもよりも火照っているような気がした。

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