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静かな部屋に二人分の呼吸と混ざり合う唾液の水音、そして私の甘ったるい声がやけに響いていた。
ミホークさんのキスはどうしてこんなにも気持ちが良いのだろう。体の内側をぞわぞわと駆け巡る快感が怖くて、ぎゅっと閉じた瞳からまた涙が零れだす。
ようやく唇が離れた頃には、私はすっかり放心状態になっていた。ミホークさんはそんな私の頬を慈しむように優しく撫でる。

「なぎさ」
「…はい」
「おれは、こうしてなぎさに触れても良いんだな?」

確認するように問いかけてくる。私は深く頷いてミホークさんをまっすぐに見つめ返した。
深呼吸をする。ちゃんと伝えなくちゃいけない。誰よりも何よりも大切な人を、これ以上不安にさせたくない。

「私、あの……」

だけど、言葉がどうしても出てこない。からっぽになった語彙の代わりにぽろぽろと涙だけが溢れ出す。
話そうとすればするほど頭の中がこんがらがって、一体何から説明すればいいのか皆目見当がつかなかった。
ミホークさんは一度私の腕を引いて抱き上げるようにして体を起こしてくれた。ベッドに腰かけて息を整えるていると、背中を温かい手がゆっくりと触れる。
決して言葉を急かすわけじゃなく、私のタイミングを待ってくれているのだと分かる優しい体温が胸を熱くさせた。ミホークさんの気遣いが嬉しくて、だからこそ彼の想いに応えたいという気持ちが強く心臓を打ち鳴らした。

「ミホークさんに触られるの、心地よくて、キスも……気持ち良くて」

絞り出すように一言をゆっくりと紡ぐ。彼の手は相変わらず触れるか触れないか、怪我をした場所を確認しているような遠慮する手付きで私の背中を撫でていた。

「本当はもっと触ってほしくて、もっと……。でも、そんな風に思うことが恥ずかしくて、…は、はしたないって思われるのが、怖くて」

嗚咽が混じりそうになる。一生懸命呼吸を整えるが、自分の気持ちを話そうとするとすぐにいっぱいいっぱいになってしまう。
そんな私を、ミホークさんは見守るようにしてじっと見つめていた。心臓は痛いくらいに高鳴り私の呼吸を蝕む。頭の中を探って、ふさわしい言葉を見つけるのがこんなにも難しいだなんて。
キスのその先。私にとってはまだ未知の世界だと思っていた。だけど、本当は手を伸ばせば届くくらいの近くにあり、直視するのは怖いけれど同じくらいとても気になっている。
ミホークさんと出会わなければ知り得なかった感情がたくさんある。こんな風に触ってほしいと思うことも、キスのその先へ行きたいと願うことも、すべて彼が教えてくれた大切な気持ちだった。

「ミホークさんのことが好きで、大好きで、好きだから嫌われたくなくて、触ってほしくて、キスがしたくて、キスのその先を教えてほしくて、でも怖くて、だけど、私は……」

ごちゃまぜになった感情を一つ一つ言葉として表していく。支離滅裂な話し方だったけれど、これが私の本心なのだ。
ミホークさんの手を取ってぎゅっと握りしめる。ゆっくりと顔を上げ、彼の瞳をまっすぐに見つめ返した。

「私、ミホークさんのことが、好きなんです」

私の語彙なんてたかが知れていて、そして伝えるべき気持ちは一つだけだった。
好きというこの気持ちだけは、どうしても知っていてもらいたかった。それを伝えるためだけに、私はこんなにも時間を費やしてしまったのだ。

ミホークさんは、短く「あぁ」と返事をした。そして私を抱き寄せて、耳元で「おれも、愛している」と優しく囁いてくれた。



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