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鼻の奥をくすぐるコロンの香りには覚えがあった。ふわりとベッドの上に降ろされた私はようやく眠い目をゆっくりと開け、そして目の前にいた人物に気付き慌てて体を強張らせた。

「ミホーク、さん」
「起こしてしまったようだな、すまない」

彼は私をベッドに寝かしたあと、床に膝をついたままこちらを見上げるような姿勢でじっと私のことを見つめていた。目を逸らせない状況に焦りと羞恥で頬がじわじわと染まっていく。
体の芯がぼーっと熱い。ペローナちゃんと一緒に飲んだホットワインのアルコールがまだ体内に残っているせいか、それとも。ミホークさんは私の手を優しく握った。大きな手に包まれて、鼓動がトクントクンと小刻みに音を立て始める。

「なぎさを怖がらせるつもりはなかった」

優しく、穏やかに紡がれた言葉が謝罪を表しているということはすぐに分かった。あの日のキスが鮮明によみがえる。体がまた熱くなり、それが恥ずかしくて私は急いで目を逸らした。
握られた手に力が入る。ゆっくりと視線を戻すと、ミホークさんの眼差しはとても真剣だった。

「おれに触られるのは、もう嫌か?」

かさついた指先が手の甲をそっと撫でる。こんな弱気な発言をする彼を、私は見たことがなかった。
嫌じゃない、嫌なんかじゃない。私は首を横に振ったけれど、だけど気持ちをうまく言葉にすることが出来なくて、代わりに瞳から涙が一粒零れた。
ぽたりとミホークさんの手の上に涙が落ちる。泣き出した私に狼狽えた様子の彼は慌てて手を離そうとしたが、私はそれよりも早く彼の手をぎゅっと握り返した。

「違うんです、嫌とか、怖いとか、そういうことじゃないんです」

心臓がバクバクと大きく動いて呼吸さえもままならない。何をどういう風に伝えることが正解なのか分からなくて私は困り果ててしまっていた。ミホークさんはそんな私をただ静かに見守っている。重なっている手は振り払えるほど軽い力だった。

「なぎさ」

ミホークさんが私の名前を呼ぶ。私も彼の名前を呼ぼうとしたけれど、口がパクパクと動くだけで声は掠れてしまったのか何も発声できなかった。ミホークさんの大きな手を握り返しながら私は心臓が落ち着くのを長いこと待った。その間、彼は何も言わずに私の足元で跪いたままじっとこちらを見つめていた。

「ミホークさんのこと、怖いなんて思ったこと、一度もないです」
「あぁ」
「ただ、私、その…」

なんて言えばいいのだろう。キスのその先への興味と、不安。それから羞恥心。上手く言語化できない私の額に手を伸ばしたミホークさんは、そっと前髪を梳くように撫でた。
頭の中で色んな感情がぐるぐるまわっていた。少し落ち着いたせいか、眠気も徐々に混じってくる。ぐらぐらと熱に浮かされているように脳みそが煮立っていた。

「ミホークさんのことが、好きなんです」
「…あぁ」
「好きで、好きだから、あの…」

あの日のキスが再び脳内で繰り返される。激しくて、はしたなくて、だけどすごく気持ちが良かったこと。口内を荒らす熱い舌の感触が、私の下腹部を熱くさせる。
ミホークさんの手をもう一度強く握り返した。視界の端が滲む。

「キス、してほしくて。あの時みたいなキスを…」

私がそう呟いた瞬間、ミホークさんは僅かに体を伸ばしてあっという間に私の唇を奪っていた。しかし、触れた熱は一瞬で離れて行ってしまう。私は彼の胸元に手を伸ばし、シャツをぎゅっと握りしめた。

「違う、そうじゃなくて…!」
私は自分からぎゅっと彼の唇へと自分のを押し付けた。僅かに開いた隙間に自分の舌をねじ込むと、急に肩を押されて私はベッドの上へと押し倒されていた。

「ミ、ミホークさ」
「悪いが、煽られて止めてやれるほどの余裕はない」

もう一度重ねられたキスは、あの日のように熱く、激しく、口の中が溶けてしまうんじゃないかというくらい淫らな甘美を伴っていた。
私は必死に彼の身体に縋りつき、息も絶え絶えになった頃ようやく唇を離してもらえた。

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