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一緒に出て行ったら余計周りから好奇の目で見られるだろうから、とエースは私を気遣って先に部屋を出て行ってくれた。私は落ち着くまでひとりボンヤリと椅子に座ったまま閉じた扉を眺めていた。
エースに返事をした自分の選択が正しかったとは到底思えない。だけど今の私は、ここに来たばかりのときよりもずっとずっと不安な気持ちに締め付けられており、エースの優しさに縋る以外に自分の心を守る術を持っていなかった。私がマルコを気にしていることを、きっとエースも分かっている。だからこそ、彼の前であんな啖呵を切ったのだ。一体いつからエースは私のことを想ってくれていたのだろう。彼との関係を遡ってみたけれど、これといったきっかけは思い浮かばなかった。それほどまでに、私はエースのことを意識していなかったのだということを自覚し、余計に罪悪感で心が苦しくなった。

しばらくしてから私はそっと部屋を出て自室へと向かったが、またマルコと鉢合ってしまったらどうしようかと悩み途中で一度足を止めた。彼の「勝手にしろ」という言葉はいまだに私の胸を抉っている。今顔を合わして普段通りに出来る自信は全くと言っていいほどなかった。
どうしようかと悩んでいると、ちょうどその場を通りかかったナースの一人が私に声をかけてくれた。酷い顔よ、と渡された手鏡を覗き込んでみる。確かに目はパンパンに腫れて元から幸の薄い顔をしている自覚はあったがより一層貧相で不細工な顔面になっていた。彼女に連れられて医務室へと向かうと、温かいタオルと冷えたタオルを二つ用意して渡してくれた。

「これを交互に目に当てれば、多少はマシになるわよ」
「ありがとうございます…」
「エースと何かあったの?」
「えっ」
「船中で噂してるわよ、あなたたち二人のこと」

くすくすと笑いながら飲み物も用意してくれた彼女は、そう話題を振った割にはそこまで興味がある様子ではなかった。泣いている私と手を引いて歩くエースの姿を見たクルーは大勢いただろう。噂になるのは致し方ないと思えた。私が大きくため息を吐くと、彼女は「部屋に戻りづらいなら今晩はそこのベッドを使ってもいいわよ、鍵はそこに置いておくから」と言って部屋の隅にある簡易ベッドを指さした。

「え、でも…」
「本当に何かあったのは、エースじゃなくてマルコなんでしょう」
「っ……」
「男たちは気付かないかもしれないけど、私たちは分かるわよ。同じ女だもの」

この船のナースたちは、海賊船に乗っているのだ。同じ船で男たちと生活するということをきちんと理解している。私のように軽率に誰かに依存してしまって、誰かに縋って、そういう馬鹿な真似は決してしないのだ。上手く立ち回ることのできない私を、だけど決して邪見に扱うことなくこうして優しく接してくれるのは、彼女たちが私よりも遥かに大人で、そして目的を持ってこの船に乗っているからなのだろう。
彼女はそれ以上何も言うことなく、鍵をテーブルの上に置いて医務室から出て行った。
誰かの厚意によって私は生きていられるのだと改めて感じて、そして自分の情けなさに嫌気がさしてまた涙が出そうになった。寝てばかりだなと少し躊躇う気持ちもあったが、ベッドへと向かい毛布を頭まで被って眠ることにした。外からは、波の音とクルーたちの笑い声や話し声が微かに聞こえる。ぐらぐらと揺れる心臓に蓋をすると、瞼は重くなり私はすぐに深い眠りへと落ちて行った。




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