22


「何か飲みますか?」
「いやいい、自分でやる」
「私がやりますって!」


遠慮するマルコを座らせて、私は無理やりコーヒーを作って渡した。マルコは苦笑しつつも「ありがとな」とお礼を言ってくれた。
今日はもう予定は特にないようで、マルコは椅子に腰かけてゆっくりとコーヒーを飲み始めた。久しぶりにこうして二人きりで話をできる時間が嬉しくて、私はついつい最近あったことをぺらぺらと喋ってしまった。マルコはそれを優しく相槌を打ちながら聞いてくれた。


「なんか、私ばかりたくさん喋ってごめんなさい。マルコさん、疲れてるだろうに…」
「謝らなくていい。久しぶりにゆっくりお前の顔見れて話を聞けて、安心したよい」


マルコはそう言っていつものように私の頭を優しく撫でてくれた。嬉しさと恥ずかしさで鼓動が早くなる。照れた顔を隠そうと、私は最近エースに稽古をつけてもらっている話をしはじめた。他のクルー達も手が空いたら付き合ってくれて、まだまだ実戦で対応出来るかどうかは怪しいが、自分に少し自信もついてきたことを話すと、マルコは少し目を逸らしながら笑って「良かったな」と言ってくれた。


「そういや、随分とエースと仲良くなったんだな」
「確かに、最近はよくエースと一緒にいるかも」
「年も近ぇんだろ?お前らお似合いだよい」
「もう、みんなそう言ってからかうんだから…」


私が頬を膨らませて拗ねると、マルコはさんはまた目を逸らしたまま小さく笑った。
エースとの仲をそうやってからかわれることは多くあった。私もエースももちろんその気はないしからかわれるたびに否定していたが、マルコに言われるとなんだか少し焦ってしまう気持ちになる。冗談で言われていることは理解しているが、こうもみんなに言われてしまうと少しエースと一緒にいるのも自重した方がいいのではないかと不安になる。
しばし流れる沈黙。時計をちらりと見ると、既に日付が変わる直前だった。気付いたらもう結構な時間になっていたようだ。私は立ち上がって「そろそろ寝ますか?」と尋ねると、マルコは頷いたもののその場から動かなかった。どうしたのかと聞こうとしたら、その前に「なぁ」と呼び掛けられる。


「部屋、そろそろ分けるか」
「……え?」
「お前もだいぶこの船に慣れてきたし、おれと同室にする必要もないだろ。…エースの部屋の近くにでも、お前の部屋を用意した方が良いんじゃねェか?」


心臓がドクドクと不穏な音を立てる。呼吸が浅くなっていく。マルコの顔を見たけど、相変わらず目は逸らされたままだった。そういえば、さっきからずっと、マルコと目が合わなかった気がする。
途端、私の心は不安と後悔で埋め尽くされる。やっぱり、今日こうして私のおしゃべりに付き合わせたのは、迷惑だったのかもしれない。連日船をあけていたのだから疲れていただろうに、彼の優しさに付け込んで強引に付き合わせてしまったことを後悔したが、もう遅い。私と同室で、マルコにとって得をすることなど一つも無いのだ。疲れて帰ってきてようやく寝れるというときに私がいて、邪魔以外の何になるというのだろう。
久しぶりに会えて話が出来て無邪気に喜んでいた数分前までの自分がいかに滑稽だったのか思い知らされる。どんなに顔を合わせないすれ違う生活をしていても、同じ部屋で寝ているという事実が私とマルコを繋いでくれるような気がして、自分がその事実にどれほど縋っていたのかということを初めて自覚した。
気が付いたら私は泣いてしまっていたみたいで、床にポツリと落ちた涙にハッと我に返った。マルコもまた、急に泣き出した私を見て焦ったように立ち上がった。


「ヒナ、」
「ご、ごめんなさい。私、あの、びっくりしちゃって。ごめんなさ……」


慌てて目元をこすってなんでもないと伝えようとしたら、伸びてきたマルコの腕に手を掴まれて阻まれる。見上げると、マルコは困ったような顔をしていた。


「目、擦るな。赤くなる」
「だって…」
「おれが悪かった。だから、泣くな」


そのまま体を引き寄せられて、優しく抱きしめられる。私はマルコの胸元に縋りついて、止まらない涙をどうにか隠そうとした。背中に回る腕と、もう片方の手で頭を優しく撫でられると、少しだけ気持ちが落ち着くような気がした。
「ごめんなさい」と小声で呟くと、マルコは何も言わずに抱きしめる力を強くした。迷惑をかけて、こうしてまた泣いて、これじゃあ本当に呆れられてしまう。優しいマルコは、泣いてしまった私を放っておくことなんて出来ないだろう。だけど、今はこの腕の中にいたいと思った。離さないでほしくて、私も彼のシャツをぎゅっと握りしめた。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -