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「宿屋まで行くのもかったりィ、ここでいいだろ」
「やだ、やだっ!」
「お前、押えとけよ。抵抗するフリとはいえ、本当に手が当たったら萎えちまうからな」
路地裏に連れ込まれて建物に体を乱暴に押し付けられる。両腕を抑えられて、私の抵抗は意味も無く、服がビリッと音を立てて破られた。露わになった下着に、私は下唇を噛む。悔しい、恥ずかしい、怖い。誰も助けには来ないんだ。そう絶望した時、私を抑え込んでいる男達とは違う誰かの足音がすぐ近くで聞こえた。
「そこで、何やってんだ」
聞こえた低い声に私はハッと顔を上げた。路地の入口には背の高い男が一人立っていた。暗くて顔は見えなかった。私を押さえつけていた男の一人が振り向いて「お前こそ何か用か」と追い払おうとした。しかし。
「ガハッ…!?」
「あ、おい、てめェ何すん…ッ!?」
男達はあっという間に地面に薙ぎ倒される。鋭い蹴りが入るのだけは目で追うことが出来たが、しかしたかが蹴られただけで倒れこみ意識が無くなるものなのだろうか。
残ったもう一人は後ずさり逃げようとしたが、あっという間に距離を詰められてシンプルに顔を思いっきり殴られて数メートル先まで吹っ飛んでそのまま動かなくなった。
私は拘束の解かれた腕で慌てて前を隠した。破かれた服は元に戻るはずもなく、私の体はブルブルと震えが止まらなくなっていた。
「ヒナ」
「……マ、マルコ、さん」
助けてくれた。私を。二度目だ…。一度目は船で敵に殴られたときで、そして今。
マルコは怒っているようだった。彼から発するオーラはピリピリとしていて、私は立っているのも精いっぱいだった。先程までの男達に教われそうだった時に感じた恐怖とはまた違う恐ろしさがあった。私の名前を呼んだ彼は、私に向かって手を伸ばした。思わず首を竦める。
あんなに護身術を教えてもらっていたのに何も出来なくて、またこうして怯えるだけの私に、彼は呆れただろうか。どうしようもないやつだと思っただろうか。私も男達みたいに殴られてしまうのだろうか。
色んな恐怖が頭の中を飛び交ったが、伸びてきた腕は優しく私を包んで、そしてぎゅうと強く抱きしめられた。
「ヒナ」
彼の私を呼ぶ声が頭上から聞こえる。私はどうしたらいいか分からず、彼の服をぎゅっと握った。
自分の心臓の音がうるさくて、マルコの心音はちっとも聞こえなかった。両目から涙が出てくるのを感じる。温かいマルコの腕の中で、私は安心という言葉の意味を思い知る。
「船に、帰るぞ」
「はい」
私を抱きしめたまま、マルコはそう言った。頷いて返事をする。帰るぞ、と言われたものの、マルコはその場から動かず、しばらくのあいだ私は抱きしめられたままだった。
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